本研究の目的は、反応分子動力学法を用いて、炭素構造体中の水の性質を解明することであった。昨年度に続き、産業・医療応用を念頭に置いて、カーボンナノチューブ(CNT)を用いた水+OHラジカルの膜透過の研究を実施した。その結果、末端に水素が付いただけのCNTでは、水は容易に透過させるが、OHラジカルは通らないことが分かった。今年度は、さらに比較のため、生体内で水を透過させることが分かっているアクアポリンでの水+OHラジカルの脂質膜透過も調べた。長時間のMDを行った結果、OHラジカルはほとんどアクアポリンも脂質膜も通らなかったが、水と水素結合して複合体を形成した状態でアクアポリンを透過するラジカルもわずかに観測された。透過を阻む原因を突き止めるため、ラジカルを引っ張ってアクアポリンを透過させ、その間に受ける力を解析した。その結果、水チャンネルの入り口では斥力を受けるが、チャンネルに入ると引力により透過が促進されることが分かった。つまり、アクアポリンでは入り口の障壁を下げることで、OHラジカルの透過を実現できる可能性を示した。CNTを用いたシミュレーションでは水が容易に透過することから、まずCNTの末端修飾によりOHラジカルの侵入障壁を下げて、水との複合体を形成した上でラジカルを透過させるなど、選択的な物質送達システムの構築を目指していくのが今後の展開である。研究期間の前半は、反応力場ReaxFFを用いたCNT内の水の分子動力学計算を実行していたが、反応分子動力学で精度良く計算できる原子・分子は限られており、適用する系や用いるパラメータは慎重に選ぶ必要があることが分かった。今後の研究を進めていく上で、特にラジカルのような反応性が高い種を扱うときには、反応力場の重要性が増すので、そのパラメータ調整や開発も計画に織り込んで進めていく。
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