研究実績の概要 |
石垣や壁などの硬質人工構造物(ハードスケープ)が植物種の生育地となり得るかを検討するための研究を行った。本州全域の市街地において計9,631箇所の路傍ハードスケープに成立したシダ植物群落(またはシダ類群落)を調査した結果,全体の33.6 %(3,233箇所)が石垣(石積み壁)で,壁や建造物間隙を上回っていた。 そこで,石垣が普通種だけでなく希少種にとっても重要な生育地となるかについて,都道府県別のレッドデータブック(RDB)を文献調査したところ,準絶滅危惧以上に指定されるシダ植物47種(日本のシダ植物の6.5%)が「石垣に生育する」と記されていることが明らかになった。このうち40種(85.1%)が崖や岩礫地を本来の生育地とする種であり,石垣はこれらの自然生育地の代替生育地として機能し得ることが明らかになった。シダ植物以外では,このような分析はなされていないが,北海道南部(松前町周辺,室蘭市)及び青森県西部の野外調査で,在来の海崖生植物(ラセイタソウ,コモチレンゲ等)もまた擁壁・路面間隙を生育地とすることが確認されており,種子植物についても同様にハードスケープを保全に活用できる可能性がある。 ハードスケープを活用した植物種の保全・生育地創出の試みは,欧米では和解(reconciliation)と位置付けられることが多い。生態学的な「和解」とは人間の利用を実質的に損なうことなく,他の様々な生物が利用できるように人為による生育地を再設計または改善することを意味し,保護や復元・修復とは異なるものとされる。日本においても,海崖生種のための人工壁創出や稀少なシダ植物のための庭園等における石積み壁創出などの和解の実践が望まれる。一方,石垣等の既存のハードスケープが稀少植物の生育場所として機能するかについては未だフィールドデータが不足しており,今後の更なる研究事例の積み重ねが必要である。
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