研究課題
本研究では、組織における機能的血管形成に重要な分子機序を理解することを目的としている。心臓において冠血管網は、胎生期にその大まかな構造が決定した後、成体の心臓が完成するまでの間、心臓の成長に伴い拡張する。我々は、この心臓の成長における血管および心筋細胞の成長に重要な役割を果たす因子として、神経成長因子(Nerve growth factor, NGF)に着目した。近年、NGFは血管新生における正の制御因子であることが明らかにされている。我々は、NGF産生の継時的変化の解析から、生下後7日目(P7)では成熟型NGFと共に、前駆体NGFであるProNGFが心臓内に発現していることを明らかにした。興味深いことに、P14においては、両NGFアイソフォームとも発現が消失し、P21において成熟NGFの発現のみが上昇してくることを明らかにした。ProNGFはこれまでに壁細胞ペリサイトによる新生毛細血管の保護の阻害や神経細胞死を誘導する作用があきらかにされている。以上のことから、心臓の組織発生において、血管網・交感神経制御に関与するNGFのダイナミックな制御機構の存在が明らかになった。平行して、血管平滑筋の新生血管への遊走に重要となる電位依存性L型カルシウムチャネル(LTCC)変異(Y1709F)マウスの解析を進めている。これまでのヘテロ個体同士の掛け合せの結果、ホモ変異マウスが生まれる確率がメンデル則に従わない傾向があることが分かった。そこで胎生17.5日の胎仔の矢状切片を解析した結果、ホモ変異マウスにおいて浮腫等の表現型を持つ個体が多いことが明らかになった。胎仔期の浮腫という表現型は、血管形成の不全、特に血管平滑筋の異常に起因することが多い。以上の結果から、in vivoにおいてもLTCCのY1709のリン酸化が血管組織の形成に重要な役割を果たしていることが示唆される結果となった。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、血管形成に関与する内在性の因子として、神経成長因子(NGF)のダイナミックな発現制御機構を明らかにすることができた。当初、交感神経との相互作用により、血管の成熟が促されることを予測して、交感神経の誘引因子としてNGFの産生に着目した。これまでの多くの報告では成熟型NGFの産生量が心臓の発達とともに増加していくことが報告されている。しかしながら、これら研究は、mRNAや成熟NGFと前駆体NGF(ProNGF)を区別しない方法により解析している。本年度の成果として、NGFの産生がよりダイナミックなものであることが明らかになったことはおおきな成果と言える。また、平行して行っている遺伝子編集マウス(Canca1c Y1709F変異)の解析においても、興味深い表現系が得られつつある。これら解析を通して、血管の成熟についての理解を進められると期待される。
これまでの成果から、生下後7日目(P7)ではNGFの産生細胞が血管平滑筋やペリサイトといった壁細胞が主体となっている可能性がたかいことが明らかになってきた。しかしながら、P21以降の成熟NGFの産生の上昇は、心筋細胞なのか壁細胞なのかがいまだ決定できていない。そこで、細胞特異的に遺伝子をノックアウトが可能となるアデノ随伴ウイルスを用いた系を使用し、NGFの産生を司る細胞の特定をおこなう。同時に、成熟NGFとProNGFが同時にP14において消失するという発現変動の生理的意義を明らかにしたい。そこで、発現細胞に異所的に発現をさせたいと考えている。すでに予備試験は行っているが、新生児の心臓組織の各細胞のマーカー発現プロファイルが成体と異なっている可能性が高い事が分かり、細胞特異的プロモーターの決定をする必要がある。これら解析を通して、NGFのダイナミクスが交感神経による神経支配を受けた機能的な冠血管網形成に与える重要性を明らかにする。Y1709F変異マウスの解析においても、いまだどの細胞が表現型の原因となっているかは明らかに出来ていない。今後は、Y1709F変異の責任細胞を同定し、その細胞においてL型カルシウムチャネルのリン酸化が果たす役割を明らかにしていきたい。
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NPJ Microgravity
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Journal of the American College of Cardiology
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10.1016/j.jacbts.2020.08.011.