研究課題/領域番号 |
19K10256
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研究機関 | 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター |
研究代表者 |
山田 匡恵 (古川匡恵) 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター, 口腔疾患研究部, 研究員 (90439456)
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研究分担者 |
佐藤 亜希子 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター, 中枢性老化・睡眠制御研究プロジェクトチーム, プロジェクトリーダー (80800979)
松下 健二 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター, 口腔疾患研究部, 部長 (90253898)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 咀嚼 / オーラルフレイル / SIRT1 / 視床下部 / 老化 / 海馬 |
研究実績の概要 |
本研究は歯の喪失による視床下部への影響について、同一の飼育環境で生育した若齢および老齢マウスの抜歯群と非抜歯群の視床下部を中心とした、歯の喪失とSIRT1との因果関係を明らかにすることを、免疫組織学的および分子生物学的に解析することを目的としている。令和2年度は若齢および老齢マウスの抜歯群、非抜歯群の抑うつ行動や睡眠サイクルを確認する予定であった。本年の助成金は、主にマウスの購入、維持費、飼育費、実験器具やPCRに必要な試薬などに使用した。 今年度は2年目として、大きく2つの進歩が見られた。 1.マウスの上顎第一臼歯抜歯後に飼育したのち、行動実験を行った。 現在までに、マウスの臼歯を抜歯して行動実験をした報告はいくつかあるが、多くがステップスルー試験(受動的回避試験)など、個体に痛みを与える学習実験が多かった。今年度、私が試みた実験は、Y迷路実験、24時間行動実験、ロータロッドなど個体の認知機能や、行動のモニタリング、運動協調性や疲労耐性の評価であった。いずれも、歯の喪失による著しい行動変化が観察できた。2020年9月に行われた日本抗加齢学会での発表では、優秀演題賞を受賞した。 2.抜歯により他の老化関連分子のmRNA発現・タンパク発現についての検討を行った。 歯牙喪失マウスの視床下部だけでなく、海馬における老化関連分子の解析も行った。それにより、抜歯による咀嚼機能の低下で、老化関連分子の発現変化がmRNA、タンパクでみられた。これらについては現在論文投稿準備中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は、若齢と老齢マウスを非抜歯群、抜歯群にわけ、上顎第一臼歯の抜歯を行った後、飼育し、視床下部等を回収して解析する予定であった。初年度に、体重変化や視床下部におけるmRNA発現を確認したので、今年度はさらに海馬のmRNA、タンパク発現と各種行動実験を行った。行動実験は、Y迷路、24時間行動観察、ロータロッドテストを行った。 海馬におけるマウスのPCRの結果は、若齢非抜歯(YC)群と比較して若齢抜歯(YE)群では、細胞老化マーカーであるp16、ミクログリアマーカーのIba1発現増加、脳由来神経栄養因子であるBDNFと神経細胞のマーカーNeuNの発現低下が観察された。老齢抜歯(AE)群では、若齢と同様、p16、Iba1の発現増加とともにアストロサイトの老化マーカーであるGFAPの発現増加、BDNFとNeuNの発現低下と神経活動の指標となるc-fosの発現低下も確認された。その他の老化関連分子の海馬における免疫染色は、PCRの結果と同様、AE群の海馬において、YE群より発現変化が強く見られた。 Y迷路実験の結果、若齢マウスは抜歯をしても認知機能には影響はなかったが、老齢マウスでは、AE群で有意に認知機能の低下が認められた。マウスの24時間の行動パターンを解析した結果、若齢・老齢とも抜歯群で夜間の活動量が増加する傾向が見られ、それは老齢マウスにおいて顕著だった。ロータロッドテストでマウスの結果、YE群ではYC群と比較して、やや潜伏時間が減る傾向にあったが、大きな差は見られなかった。老齢では、抜歯による影響はみられなかったが、若齢と老齢で比較すると、老化により潜伏時間が有意に低下する傾向が見られた。 2020年9月に行われた第20回日本抗加齢医学会において「歯牙の喪失および軟食が視床下部に及ぼす影響 若齢・老齢マウスにおける解析」で口頭発表し、優秀演題賞を受賞した。
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今後の研究の推進方策 |
抜歯による咀嚼機能低下が、全身に及ぼす影響として視床下部および海馬へのSIRT1を含む関連因子のmRNA発現、タンパク発現の変化、行動学的検討については、令和2年度までに検討した。これにより、歯の喪失が認知機能低下を起こし、その結果、周辺症状(BPSD)に影響をおよぼしていることが示唆された。今年度はそこからさらに3つの追加実験を行う予定である。1つ目は接触刺激応答計測システムを用い、接触逃避行動、および対物攻撃行動を検討する。2つ目は口腔常在細菌叢の解析を行う。3つ目として、咀嚼機能の低下を模倣するために、餌を泥状にして飼育する。 具体的には、歯の喪失または泥状餌によるマウスの攻撃行動を定量的に検討する。また初年度に回収した口腔スワブから16S rRNAを回収したのち、次世代シークエンサー菌叢解析を行い、抜歯による菌叢の変化を検討する。いずれも既に実験を開始している。 これらにより、咀嚼機能低下による視床下部や海馬での遺伝子やタンパク発現の変化のさらなる裏付けが可能となり、年度内に国際雑誌に投稿する予定である。 本研究は、咀嚼と脳(視床下部)の老化を分子レベルにおいて世界で初めて解明しようとする極めて独創的で意欲的な研究であり、本成果の波及効果も極めて高いと考えている。本研究の結果を公表することで、咀嚼の重要性や欠損部の補綴を促すこともでき、認知症の周辺症状を予防できることが啓発できる。十分に咀嚼をすることの重要性を、高齢者だけでなく若い世代にも啓発することで、将来の脳の老化予防が期待できる。ついで、欠損歯を放置する患者も多くいるが、この研究の成果により補綴処置の重要性を啓発でき、補綴治療に対するモチベーションを高めることができる。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、成果発表のための学会参加の旅費を計上していたが、今年度はCOVID-19の影響のため、学会がオンラインまたは誌上開催され、予定していた旅費は使用しなかった。 使用計画としては、現在準備中の英語論文の英文校正費、投稿費、追加実験費に支出予定である。また、国内外の学会参加費も支出予定である。
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