研究実績の概要 |
本年度の研究は本来であれば,昨年度までに行うべきであった米国カリフォルニア工科大学への資料調査が,新型コロナウイルス感染症のため実施困難だったために,実施期間の延期を願い出たものである.結果から言えば,本年度もまた,資料調査を行うことはできなかった.そのため代替の文献研究として,ボルツマン(Ludwig Boltzmann, 1844-1906)の教科書『気体論講義』(Vorlesungen ueber Gastheorie, 2 Bde., Leipzig: Johann Ambrosius Barth, 1896-98)を再検討し,『気体論講義』の教科書としての特性を明らかにするとともに,量子統計力学の時代に対する影響を検討した. 前者については,『気体論講義』第一部がマクスウェル=ボルツマン分布とボルツマン方程式を中心としたかなり体系的な構成を取っているのに対し,第二部はファン・デル・ワールスの状態方程式,アンサンブルの理論,気体の解離の理論,多原子分子気体の理論などかなり多様な話題の寄せ集めであることを確認した.また,第二部では,気体論という研究プログラムの方法論的擁護がかなり多い.これは,当時ボルツマンに対して加えられたエネルギー論からの批判を反映していると考えられる. 後者については,『気体論講義』はプランク(Max Planck, 1858-1947)によるエネルギー量子の導入に多大な影響を与えたことが知られているが,『気体論講義』にも連続的アプローチと離散的アプローチが併存しており,そのことをボルツマンは積極的に擁護していたことを見出した.この点については,『窮理』誌にアウトリーチという形で,ボルツマンにおける連続と離散の対立関係の解説という形で成果を公にした.
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