本研究は,高山域の水資源涵養機構を解明することを目的に実施している.最終年度は,本研究の核となる雪氷融解と水涵養・水流出の関係を明らかにすることを目的とした.水文観測,雪渓後退位置の記録,自動採水器を用いた採水,化学トレーサー分析を実施することで以下のことが明らかとなった. 雪渓の末端部が大きく後退すると,常に流量があった渓流は涸れ,降水イベント時のみ渓流が短期的に形成されるようになった.渓流水は,融雪水と夏季降水の酸素・水素安定同位体比と同様の範囲内を示したため,渓流水の起源は天水であると示唆された.雪渓の主融雪期においては,渓流水の酸素・水素安定同位体比が融雪水と非常に近い値を示した.そのため,融雪期の渓流の主成分は雪渓の融解水であると考えられた.湧水の酸素・水素安定同位体比は降水や渓流水と比較をし,時間変化が無く,安定していた.このことは,湧水は降水後にすぐに流出する成分ではなく,降水後に地中で一時的に貯留され,混合した結果を反映している成分であることが示唆された.湧水のトレーサー値は,渓流水と類似しているため観測期間中には継続的に流出に寄与している成分であると示唆された.渓流水の塩化物イオン濃度と硫酸イオン濃度に着目をすると,降水・融雪水・湧水の濃度と比較をして,明らかに高い濃度を有する水試料が観測された.保存性の高いトレーサーである塩化物イオン濃度においては,渓流水の濃度は,塩化物イオン濃度の高い土壌水に近づく傾向が秋季(積雪期前)においてみられ,土壌水が流出水の主要な端成分の1つとなったことが示唆された.これらのことから,渓流水の端成分は時間とともに種類・寄与の程度が変化しており,高山帯の流出過程は単純に降水のみによって規定されず,融雪水や土壌水が影響していることが明らかとなった.
|