本研究の目的は、細菌の突然変異率と進化能との関係を説明する原理を発見するため、様々な変異率の大腸菌を増殖阻害剤添加環境で適応進化させ、その動態を観察することで進化能の違いを定量することである。変異率が高いほど薬剤へ適応するための有益変異は多く生ずるはずであるが、同時に有害な作用を持つ変異による増殖阻害の効果もあるため、これらの間のトレードオフ関係が予想される。そのために、本研究では高変異率大腸菌の増殖速度を独立に測定し、その遺伝的負荷から進化速度への影響を予測したうえで、実験室内進化実験を行った。 本年度は、進化実験の適応の対象として用いた5種の増殖阻害剤が、祖先型大腸菌の増殖に与える影響を様々な添加濃度で精緻に検証した。その結果、静菌剤であるクロラムフェニコールやトリメトプリムは濃度依存的に大腸菌の増殖速度を下げること、一方で殺菌剤であるアミカシン、セフィキシム、シプロフロクサシンは濃度依存的に大腸菌集団の増殖可能な割合を下げることを確認した。またこれらの違いを用いて前年度の進化実験の結果を説明し、高変異率化による増殖阻害で最適変異率を説明するモデルでは静菌剤のほうがよりよくフィットすることを明らかにした。これにより、当該のモデルを用いた理解の蓋然性が高まり、またモデルを適用できる条件とできない条件の質的な違いについても説明することができた。本年が最終年度であるため、これらの結果を一つの知見としてまとめて学術雑誌に投稿する準備を進めているところである。
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