本研究課題では、被災者の語りに潜んでいる「語りえなさ」に着目することで、意味の伝達に重きを置いたコミュニケーション論ではない新たな災害伝承論の構築をめざしてきた。 以上の目的を達成するために以下の2つの研究を行った。 ①集合的トラウマ論の精緻化 カイ・T・エリクソンの著書『Everything in its Path』の翻訳ならびにアメリカウエストヴァージニア州バッファロークリークへの訪問を通して集合的トラウマ論の精緻化を行った。その結果、集合的トラウマ論には、被災者が災害でこころに傷を負うというモデルではなく、災害を契機に自らの拠り所としていたコミュニティが喪失し、その後の復興によって、もとあったコミュニティが二度と戻らないという感覚によって生じることが明らかとなった。このことは、東日本大震災以降の被災地でも多く見られる「ふるさとの喪失」との関連も示唆された。 ②被災写真というメディアによる語り得なさの恢復への注目 東日本大震災の被災地である岩手県九戸郡野田村へのフィールドワークを新型コロナウイルス禍で一時期中断しながら、続けてきた。その中でも特に被災写真返却活動にボランティアとしてかかわり、被災者の語りを聞いてきた。その結果、写真に写っていることから連鎖的に思い出すのみならず、そこにあるはずのものが写っていないという〈不在〉の形式によって、よりありありとした想起が可能となることが示唆された。また、このような〈不在〉の形式は、一見するとなにも写っていない。しかしながら、かつてを知るものにとっては、〈不在〉であることが重要な意味を持つ。このような〈不在〉を伝承することが今後の災害伝承において求められると考えられる。
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