マクロ経済の政策分析に用いられるニューケインジアンDSGEモデルでは、計算可能性の担保のため、唯一の定常状態の存在や、代表的家計・企業のような強い仮定がおかれる。このような仮定をゆるめ、より現実に即したモデルの構築およびそれによる政策分析等を行うことが本研究の目的である。 本研究では、第1に、マルコフ・スイッチングDSGEモデルを用いて、米国の金融政策について、70年代の高インフレーション期と80年代以降の低インフレーション期の間、さらには2020年以降の高インフレーション期との間でトレンドインフレ率と金融政策ルールのパラメータのどちらがスイッチしたか、データから直接的に識別した。これにより政策課題に応えるとともに、マルコフ・スイッチングDSGEモデルの有用性を確認した。とくに、70年代の石油危機に伴う高インフレ期とその後の景気後退期に、金融政策レジームが消極的金融政策にシフトしたという結果は頑健であった。 第2に、代表的家計の仮定をゆるめた連続時間のヘテロジニアス・エージェント動学的一般的均衡モデルを構築し、所得再分配制度の比較を行った。パラメータを米国経済を再現するようにキャリブレーションした上で、所得税控除(EITC)とユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)という2つの再分配政策を定量的に評価した。どちらの政策変更も低所得世帯の労働参加を促し、消費等価で測定した社会厚生を改善する。一方で、政策が予防的貯蓄を抑制し、資本ストックを減少させるため、産出量は減少する。さらに、再分配は所得の分散を低下させ、追加資産を保有することによる価値の限界上昇は、消費や貯蓄と同様に平坦化するため、富の不平等を拡大させる可能性がある。
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