中国語の補語構造にはいくつかの非対称性が存在し、そのうちの一つが、可能補語構造と結果補語構造の対応関係における対称性の破れである。例えば可能補語構造"来得及/来不及"にはそれに対応する結果補語構造"来及"が存在しない。これはよく知られた事実であるが、なぜこうした現象が生じたかについてこれまで考察されたことがなかった。 本研究では、"来得及/来不及"を歴史的に遡ることによって、その原型の一つとなった"V不及"を見いだし、それに注目することで、"来得及/来不及"の発生過程を追跡し、対称性の破れが発生した背景を明らかにすることができた。 すなわち、上古漢語にもともと存在した「時間型"及"」が原型となり、その否定形「時間型"不及V"」が生成され、やがて中古漢語期における可能補語隆盛の圧力の下で擬似可能補語形「時間型"V不及"」が成立し、近世漢語期に至ってその肯定形が生み出された結果、可能補語としての"V得及/V不及"が生成された。形態に基づけば、"来得及/来不及"はこの"V得及/V不及"の一変種として発生したものであると認めることができるから、"来不及"の原型は"来及"ではなく"不及来"となる。そのため、"来得及/来不及"と"来及"との間には、可能補語構造と結果補語構造との問に一般に認められる対称性が存在しないのだと説明できる。
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