平成22年度は、兵庫県立神戸第一中学校の個票データベースを完成させた。個人情報保護を背景に学籍簿や同窓会名簿等の利用が困難になりつつあるので、旧制中学校の個票データの希少性はますます高まることが予想される。本研究で整備する神戸一中データベースは教育機会と社会移動の歴史研究にとって貴重な財産となるであろう。神戸一中の個票データベースの完成により次の点において研究の可能性が広がった。まず先行研究である鶴岡中学の共同研究との地域間比較が可能となった。神戸モデルの構築だけでなく、鶴岡モデルもより大きな枠組の中で再評価される。それにより教育社会学の歴史研究の再活性化に貢献する。次に実業層の学校利用と再生産戦略の関係の実態とその変容パターンを分析することで、「新中間層」中心の教育社会史・階層移動研究と「実業層」中心の社会経済史・企業経営史研究を接続するような学際領域が確立され、研究交流が活性化されるはずである。さらに地域間比較によるモデル構築は、都市の規模や伝統や近代化のパターンなどから実業層の性格の差異を説明する可能性を開くであろう。具体的には、鶴岡中学の研究成果を参照しながら、実業層の学校利用と職業移動の地域間比較をおこない、鶴岡モデルと神戸モデルを仮説的に構築する。鶴岡よりも大規模な地方都市である金沢と和歌山の事例研究から、鶴岡/神戸モデルを検証して、より汎用性の高い説明モデルへと精緻化する。モデル化には明治後期~昭和初期の実業層の学校利用と職業移動の変容パターン分析も含む。 このように神戸一中の個票データのデータベース化の完成は、中等教育機関の社会的機能の全体像を把握するために必要不可欠な要素となったのである。
|