胃においては、H.pylori感染によって、腸上皮への分化変更が生じ、この過程で胃癌が生じると考えられている。本研究者らは、この過程においてSox2遺伝子発現が抑制され、相補的にhomeobox遺伝子Cdx2が誘導されることを明らかにしている。このため、Sox2発現抑制Cdx2発現誘導の過程における異常が、発癌あるいは癌幹細胞出現に関与しているという作業仮説を立て、in vitroでSox2抑制Cdx2発現誘導モデルを作成、新規遺伝子を同定し、その発現機構の一端を解明した。in vitroでのSox2抑制Cdx2発現誘導モデルとして、Doxycycline(Dox)存在下でSox2を抑制する細胞株(Sox2KOGSMO6)を樹立した。このSox2KOGSMO6に対してMicroarray解析を行った。その結果、Sox2の発現抑制により発現が2倍以上増強を認めた遺伝子は129遺伝子、1/2以下に発現が減弱した遺伝子は69遺伝子であった。これらの中から分化・発癌への関与が報告されている既知の遺伝子を3個抽出しRT-PCRでスクリーニングを行い、大腸癌・肺癌で過剰発現の報告のあるTrib3に着目し検討した。まずヒト胃癌組織におけるTrib3の発現を免疫組織化学で検討したところ、25症例中16症例で癌細胞の細胞質に特異的に発現がみられ、ヒト胃癌の病態に関与していることが示唆された。さらにTrib3の強発現が認められたヒト胃癌培養細胞株MKN45に対してTrib3 siRNAでknockdownし、MTT assayを行ったところ、有意に増殖能が抑制された。以上より、胃における腸上皮化生進展時にSox2の発現が抑制される過程で誘導される遺伝子の1つとしてTrib3が同定され、このTrib3が誘導発現することにより、胃上皮細胞や癌細胞の増殖能が亢進することが明らかとなった。
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