本年度は、狂歌師らの伝記的な資料の基礎となる肖像画・人物像の意義について、多方面から研究を行った。 天明狂歌壇の最重要人物で、肖像画の遺例も多くを数える大田南畝の、2点の膝を抱えたかたちの特異な肖像画について、菱川師宣以来の近世の百人-首版本に見える歌仙絵の伝統に基づいて藤原定家像に擬えて描かれた可能性を指摘し、その上で、当時、和歌のやつしとしての性格を強めていた狂歌壇の動向とそこにおける南畝の位置づけと関係づけて論じた(「膝を抱えた南畝像」)。 また、黄表紙・洒落本・艶本その他戯作類の作中における狂歌師・戯作者等への言及が単純に「楽屋落ち」「当て込み」と見なされ、伝記資料として扱われがちな事態について、それ自体は虚構の演出として見るべきこととして警鐘を鳴らした。ただし、それゆえにその演出の内容・方向性こそがその人物の狂歌壇での位置づけやあり方を示唆するものとして分析されるべきものであることをも論じた(「艶本の中の狂歌師・戯作者像」)。 そのような狂歌師の肖像画集である『吾妻曲狂歌文庫』『古今狂歌袋』の複雑な諸本のあり方について明らかにした(国文学研究資料館『江戸の歌仙絵』展図録解題)ことは、今後の肖像画集の利用の基礎となるものであろうと考えている。 狂歌師の掃苔資料については整理をすすめており・来年度・一定程度公開することを目指している。
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