本研究では、トニ・モリスンの小説が「母性」の言説をどのような政治的レトリックとして用いているかを、「共和国の母」の理念と「近代母性のイデオロギー」といった19世紀に大量生産された「母性」の言説と、黒人女性との歴史的関係を踏まえて考察した。公民権とフェミニズムを経た現代黒人文学では、黒人女性たちの多様な「母性」を自己定義することができるようになった。しかしその一方で、奴隷制や人種間の非常にデリケートな問題を扱う場合には、白人の「近代母性のイデオロギー」が戦略的に用いられていることを分析し、人種とジェンダーの問題が根強く残るアメリカ社会をモリスンの小説が提示しながら批判していることを論じた。
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