H21年度は、中国諸方言である粤語(広東語)や上海語の3人称再述代名詞(resumptive pronoun)を含む文が非現実ムードの事態のみを表す(徐烈炯・邵敬敏1998、Man 1998)現象に注目し、再述代名詞が生起する構文特徴を明らかにし、再述代名詞を用いる動機を考察した。更に授与をスキーマ的意味に含む構文(二重目的語構文[N1+V+N2+N3]、授与使役構文[N1+VP1+GIVE+N2+VP2])の拡張に伴ってムード制約が生じる現象との比較を行った。 再述代名詞が生起する典型的な構文は、動作主が既存の動作対象に意図的に動作行為を行い、それにより動作対象に状態変化を及ぼすという強い他動性を持ち、動作主側から動作対象を「どうするか」にフォーカスをあてて行為指向的に事態を述べる特徴を持つ。この、1. 主語(動作主)の意図性、2. 他動性、3. 行為指向性といった特徴は、二重目的語構文や授与使役構文といった授与を表す構文の特徴とも共通する。授与を表す構文は拡張に伴って動作行為による影響の「受け手」を表すN2の3人称代名詞が非指示化し、ムードが非現実、特に話者の行為実現に対する強い意志が反映する文(意志表明文、命令文など)に制限される。言い換えると、非指示的な3人称代名詞は授与を表す構文に含む上述3つの意味的特徴を喚起する、もしくは保持するために用いられる。再述代名詞も話者の行為実現に対する強い意志を反映する意志表明や命令などを表す文にのみ生起するが、この制約は構文の拡張によるものではなく、主語(動作主)の意図性、他動性、行為指向性を持つ構文に再述代名詞を挿入することで生じる。言い換えれば、再述代名詞は上記3つの特徴を強調するために用いられる。再述代名詞は動作対象(事物)を表す名詞句を先行詞としていると考えられるが、しかし通常は(事物を指示する)3人称代名詞が生起しない動詞直後の目的語に生起する点で有標であり、指示性は低い。 本研究の研究成果は、従来の研究では行われてこなかった非指示的な3人称代名詞を含む異なるタイプ(授与の意味をスキーマ的意味に含むか含まないか)の構文に共通する意味的特徴を明らかにし、更にそれぞれのタイプの異なる成立過程を明らかにした点で評価される。
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