本研究の目的は、中東とロシアを結ぶ近代コーカサス・フロンティア社会の変容を明らかにすることである。特に、アルメニア人家系エニコロピアン家の広範囲な歴史的活動に注目する。この一族はグルジア王家の通詞を輩出し、拝命したエニコロピアンという名字そのものが「言葉の箱」を意味するなど、その出発点から多言語と民族越境的な性格を有していた。19世紀にロシアがコーカサス地方を手中に収めた後、以前にも増してイスラーム世界との関わりを強める一方、係累はロシアや西欧とも深いかかわりを持った。東洋史と西洋史の狭間ととらえられがちなコーカサス地方を両世界の橋渡しの場所としてとらえ直すことにより、「境を越える」歴史研究を実行して、20世紀の歴史学が隠蔽してきた伝統社会から近代世界への多層的な移行を明らかにする。
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