本研究は刑事制裁論の基礎理論をテーマとするものである。従来、刑法(刊罰)の働きについては、犯罪を予防し鎮圧する目的の文脈だけで機能的に捉えられてきた。本研究では、このような刑罰積極主義の動向に歯止めをかけるための理論的な論拠を探求するために、ドイツにおける応報刑論のルネサンスを手がかりにしながら、刑事制裁論に関する基礎理論的な視座の獲得に努めた。具体的には以下の3点を研究上の成果として挙げることができる。1応報刑論のルネサンスの根底にあるカント主義の再評価の具体的な内容を明らかにし、その要諦である自律性の保障という観点が有する法秩序のあり方に対する理論上の意義を明らかにした。2ドイツにおける応報刑論のルネサンスでは、犯罪予防に対して応報の観点が有する枠組みを設定する意義しか重視されていないが、そもそも応報の観点そのものには内在的な限界があること、刑罰積極主義の動向に対して応報刑論を用いて歯止めをかけるためには、そもそもそのような応報の内在的な限界を意識しておかなければならないことを明らかにした。3国家機関による刑法上の権力行使は、刑罰と法的強制に二分化される。広義では、国家による法的強制も刑事制裁の一種である。従来、我が国では、刑罰については考察が行われてきたが、法的強制は等閑視されてきた。国家による刑事制裁に関する基礎理論を探求する際には、刑罰と法的強制の差異の明確化が不可避となる。本研究では、ドイツにおいて盛んに議論がなされている「救助のための拷問」を具体例にして、法的強制が有する刑罰とは異なる意義を明らかにした。
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