研究概要 |
プリオン病は、脳の海綿状変性を特徴とする神経疾患であり、プリオンタンパクの構造異常が発症原因と考えられている。ヒトプリオンタンパクの窒素末端領域を断片化したペプチドHuPrP(106-126)は、培養神経細胞に対して毒性作用を示すことが報告されている。HuPrP(106-126)領域はプリオンタンパクの病態機序を解明する手掛かりとして注目されるが、その性質と病理作用の具体的な関係は明らかではない。HuPrP(106-126)領域のHis111残基近傍はCu(II)イオンを結合することがNMRやESR分光により観測されている。His111周りに結合したCu(II)イオンは、分子間架橋形成によるペプチド断片のアミロイド性凝集、酸化還元触媒によるラジカル種産生などに関与する可能性が考えられる。そこで本研究では、HuPrP(106-126)ペプチド断片とCu(II)イオンの相互作用を明らかにすることを目的として、その結合部位近傍をモデル化したHuPrP(109-111)とCu(II)イオンの複合体Cu-(Ac-Met-Lys-His-NHMe)の配位構造、結合親和性、酸化還元電位について、密度汎関数理論法を用いた解析に取り組んだ。配位部位にNNNN,ONNN,SNNN,SONNを含む四つの異なる配位構造について詳しく考察を行った。この結果、配位構造の違いにより結合親和性と酸化還元電位が大きく異なることを明らかにした。例えば、配位部位にN原子を多く含むNNNN配位構造は高いCu(II/III)酸化電位を持ち、配位部位にO原子やS原子を多く含むSONN配位構造は高いCu(II/I)還元電位を持つ傾向があることを明らかにした。このように配位構造に依って著しく異なる酸化還元特性がHuPrP(106-126)領域の特徴であり、プリオン病の病態機序に関与する可能性が考えられる。
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