研究課題
睡眠制御の分子機構は明らかになっていない。研究代表者らは新しい睡眠制御分子としてリン酸化酵素SIK3を同定しSIK3が睡眠必要量を規定する分子機構を構成していることを明らかにした。プロテインキナーゼA(PKA)によってリン酸化を受けるセリン残基S551の存在がキーになることをすでに示していた。SIKファミリーはSIK1,SIK2およびSIK3からなり、PKAリン酸化セリン残基はファミリー間で保存されている(SIK1 S577, SIK2 S587)。これらをアラニン置換したSIK1 S577AマウスおよびSIK2 S587Aマウスも睡眠要求が増大することを示した。このことは、SIK3に特異的ではなく、SIKファミリーに共通するシグナルが睡眠制御のSIK3シグナルとして重要であることを示唆している。同時に、SIK1 S577AマウスおよびSIK2 S587Aマウスの睡眠要求増大はSIK3 S551Aに比べると軽度であることから、SIK3シグナルの重要性を確認することになった。そのSIK3の変異はこれまでSLP変異マウスにおいてもS551Aマウスにおいても全身性の変異であり、SIK3の末梢組織での効果である可能性があった。実際に、睡眠は脳が惹起する現象変化ではあるものの、全身状態の影響を受けることから中枢―末梢、神経系―非神経系の関係の中で生じる現象でもある。神経細胞特異的に、薬理学的に発現時期を調節することで睡眠要求への効果を検討したところ睡眠要求が増大した。睡眠要求の最も代表的なパラメータであるノンレム睡眠時徐波成分の動態を指数関数的増加曲線および指数関数的減衰曲線としてフィッティングし、時定数を検討することにより、変異型SIK3の発現によって睡眠要求が蓄積しやすい状態に導かれることを示した。この時定数の分子的基盤は下流シグナルと想定され、さらなる検討を続けている。
2: おおむね順調に進展している
年度当初の計画通りに、SIK3基質遺伝子改変マウス用いて脳波筋電図に基づく睡眠検討を行っている。このマウスはSIK3によりリン酸化を受けるアミノ酸をアラニン残基に置換したSIK3基質を発現する。覚醒時間、ノンレム睡眠時間、レム睡眠時間、それらの平均エピソード長、ステージ移動頻度などの時間領域の解析とノンレム睡眠中デルタ域脳波成分、レム睡眠中シータ域脳波成分などの周波数領域の解析を行っている。現在までに、睡眠要求の変化を示す結果が得られている。SIK3基質分子を欠損したマウスの暗期初期および明期に断眠した野生型マウスより大脳皮質、視床下部、脳幹部を採取しRNA-seqを行い、解析を進めている。睡眠要求が高いと考えられる、暗期の欠損マウスと断眠後マウスとに共通して発現が上昇または低下する遺伝子を複数見出した。断眠によって変化する遺伝子は1000程度あるものの、欠損マウスに変化する遺伝子は二桁である。神経細胞特異的CreERTマウスとSIK3のエクソン13を挟んだfloxマウスを交配させて、エクソン13コード領域をCre依存的に欠損できるようにした。エクソン13はPKAリン酸化セリンを含む52アミノ酸をコードしている。離乳時期以降に抗エストロゲン剤投与によって変異型SIK3蛋白質を神経細胞特異的に発現させたところ睡眠要求が増大した。ノンレム睡眠時徐波成分の動態を検討し、増加曲線の時定数は小さく、減衰曲線の時定数は大きいことから全体として睡眠要求が蓄積しやすいことが数理モデルにおいても確認された。同様の変化は全身的SIK3(SLP)マウスでも確認された。SIK3下流シグナル改変による睡眠恒常性責任神経集団の同定のために、floxマウスと神経細胞種得的なCreドライバーマウス交配して睡眠覚醒を検討し睡眠パラメータが変化する系統を見出した。
翌年度も計画通りに研究進捗に鋭意邁進する。SIK3基質がSIK3によりリン酸化を受けるセリン残基をアラニン残基に置換したマウスの睡眠測定とその解析を完了する。特殊な脳波スペクトラム解析を行い睡眠恒常性の指標を検討する。SIK3基質のファミリー分子についてもリン酸化部位を置換したマウスの交配を進め、脳波筋電図に基づいて睡眠覚醒を検討し、ファミリー分子間の機能的行動学的相同性の有無を明らかにする。SIK3基質分子の遺伝子改変マウスおよび断眠した野生型マウスより大脳皮質、視床下部、脳幹部を採取し、ChIP-seqを行う。RNA-seqの結果と合わせて睡眠恒常性制御の分子的基盤となる分子群とのその発現機構変化を明らかにする。睡眠恒常性を担う神経細胞集団の同定のために、SIK3基質分子のfloxマウスと各種Creドライバーマウスを用いた睡眠覚醒検討を進める。
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