研究課題/領域番号 |
20H01443
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
稲谷 龍彦 京都大学, 法学研究科, 教授 (40511986)
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研究分担者 |
笹倉 宏紀 慶應義塾大学, 法務研究科(三田), 教授 (00313057)
山下 徹哉 京都大学, 法学研究科, 教授 (10511983)
須田 守 京都大学, 法学研究科, 准教授 (70757567)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 企業制裁制度 / 企業統治 / コンプライアンス / ファイナンス / 法と経済学 / 法と心理学 |
研究実績の概要 |
本研究計画では、企業価値を高める制裁法制について、①企業犯罪が起きるメカニズムの解明、②制裁制度の設計と企業価値の関係との解明、③①②の検討の成果を踏まえた法領域横断型の企業制裁法制の具体的姿の提示という、三段階での研究遂行を予定していた。その上で、本年度においては、①及び②に重点を置いて遂行した前年度の研究計画の成果を踏まえ、経済学・心理学・社会学等の隣接研究領域の研究成果を活用しながら、引き続き企業犯罪が生じるメカニズム及び企業制裁制度と企業価値との関係の解明を目指して研究を遂行した。具体的には、前年度の成果を生かして、「文化」に関する定量的分析を進めると共に、心理学における分析的思考と全体論的思考に関する文化差研究の応用を試み、日米企業における企業犯罪発生に関する意思決定過程の違いを試論した。 また、コーポレート・ガバナンス論とコンプライアンスとの関係性及び、それらとファイナンスとの関係性を制裁制度という観点から総合的に再検討し、民事責任及び行政規制・制裁・調査制度が企業のコンプライアンス=ガバナンス=ファイナンスに関する行動に与える影響について考究すると共に、刑事手続と行政手続の協働について考察した。具体的には、AIやロボティクスなどの先端科学技術が関連する領域において、企業によるイノベーション促進と適切なリスクマネジメントとを両立させるために提唱されている、いわゆるアジャイル・ガバナンンスの議論を手がかりとして、行政規制・民事責任・制裁を統合的に捉えた上で、法システム全体が企業活動や企業活動に対する信頼性に与える影響を整理し、新たな企業制裁制度の具体的な姿についての検討を進めた。 なお、これらの研究計画は、国内外の実務家・研究者と定期的に研究会及びWSをオンライン開催するなどし、また、研究代表者が学会報告を行うことにより、適宜フィードバックを得ながら遂行した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の目標は、前年度に引き続き、企業犯罪が生じるメカニズム及び企業制裁制度と企業価値との関係性の解明を進めると共に、企業価値を高めるための企業制裁法制について、法領域横断的に具体的検討を進めることにあった。 前者については、前年度に引き続いて「文化」に着目した定量的研究を進め、不祥事が深刻な事態に至りやすく、企業価値を毀損しやすい企業について、オープンデータ分析に基づいて特徴の特定を進めることで、定量的研究進捗のための手がかりを得た。また、認知心理学者と協働し、分析的思考法と全体論的思考法との実証的比較研究に基づき、企業犯罪に至るメカニズムに文化差があり、日本においては単純に自己利益追求機会を減少させるだけでは、企業犯罪を防げない可能性があることについて示唆を得た。これらは、従来の企業犯罪理解や、それを前提とする制裁制度理解のあり方について一定の疑問を投げかけるものであり、順調な成果といえる。 後者については、デジタル化の進展に即した統治構造改革の必要性を論じる、いわゆるアジャイル・ガバナンスの考え方を手がかりに、行政規制・民事責任・制裁が企業のガバナンス・コンプライアンス・ファイナンスに関する行動にどのような影響を与えうるのかについて、統合的に理解することを試みた。その結果として、デジタル化が進展し、一回的な意思決定の影響についての見通しが益々難しくなると、問題事象の発生そのものではなく、むしろ発生前の体制構築や発生後の適切な対応を促すことに重点をおいた法制度設計が重要になり、したがって、訴追延期合意制度のように、事象発生そのものではなく、平素からの体制構築と適切な事後対応に焦点を当てた制裁制度の構築が一層重要になることが明らかとなった。これらの進捗も、従来より幅広い視点から制裁と企業価値との関係を捉え、法制度の望ましいありようを明らかにするものであり、順調な成果といえる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度も、残念ながら新型コロナウイルスの影響により、在外調査や対面での国際研究会を実施することはできなかった。最終年度となる次年度においては、この点に関する追完を進めたいと考えている。 もっとも、本年度は、企業犯罪が発生するメカニズム及び企業制裁制度と企業価値との関係の解明に関する研究についても、また、これらの研究の成果を踏まえた法領域横断的な制裁制度構築に関する研究についても、それなりに順調に進展したといえる。最終年度となる次年度においては、ここまでの研究の成果を踏まえて、より完成度の高い研究成果のアウトプットに向けて邁進したいと考えている。 その際、AIやロボティクスなどの先端科学技術の発展により、既存の統治構造が限界に直面していることを指摘し、企業も統治の主体として活動することを期待する、いわゆるアジャイル・ガバナンスに関する近時の議論の展開を踏まえ、企業がその価値を向上させるための制裁制度のあり方を法領域横断的に研究する本研究計画も、統治構造全体の変容や日本社会全体のデジタル化という文脈の中に再定位することで、より時代状況に即した法制度を提案できるように努めたいと考えている。
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