研究課題
ヒトからヒトまたは動物からヒトに感染症を伝播する能力をもつベクターは、吸血時に宿主体内へ注入する唾液が宿主免疫系を抑制的に制御し病原体伝播を促進する。研究代表者は、ベクターの中でも蚊に次いで多種多様な病原体を媒介するマダニの唾液分子ロンギスタチンに、皮膚炎症抑制効果が実際に存在することを示してきたが、SAT現象の存否については解明できていない。そこで、マダニ刺咬部の微小環境における唾液・宿主免疫系・病原体の三者間のインタラクトームに着目し、宿主免疫系に作用する唾液分子について、in vitroの免疫細胞実験や遺伝子抑制マダニを使ったin vivo解析による分子機能解析を通して網羅的に同定する。ついでマダニ媒介感染症マウスモデルにて、マダニからの伝播試験を実施し、唾液分子におけるSAT効果の有無について検討し「マダニSAT理論」の構築を目指す。本年度では、吸血時間軸に沿った宿主皮下微小環境の病理組織解析と唾液腺トランスクリプトーム解析を並行し、マダニが宿主皮膚に形成するBlood Pool(BP)や病原体伝播に関与する唾液分子の機能解明に着手した。病理組織解析の結果、BPでは、吸血開始後有核細胞の集積を経て赤血球が真皮内に浸潤し始め、飽血間際には皮下結合組織にも赤血球浸潤領域が拡大している様子を観察したが、血腫様構造が認められなかった。さらに解析を進めたところBP形成のトリガーである皮下微小血管の破綻が、トランスクリプトーム解析によって見出した唾液分子HlSG-g22により惹起されていると考えられる知見を得た。HlSG-g22の分子構造モデルが、血管内皮細胞接着分子VE-Cadherinの発現を促進するケモカインCXCL1の阻害分子Evasin-3であったことから、マダニにとって効率よく吸血するためには、炎症細胞が分泌するCXCL1を強固に抑制する必要があるのかもしれない。
2: おおむね順調に進展している
本研究は段階的に研究を遂行し、マダニの吸血部微小環境において重要な機能を有する新規唾液物質HLSG-g22以外にも複数の分子候補を見出し、特にHlSG-g22については、白血球や血管内皮細胞への影響をうかがわせる知見を得ることができた。このメカニズムについて明らかにするとともに、マダニ媒介感染症との関連についての解析は現在進行中である。
以下の研究を予定しているが、進行状況によっては前後して行うことも想定される。1)「bite site インタラクトーム解析」:刺咬部周囲皮膚における免疫担当細胞の多寡については、免疫組織化学的解析によって検討する。また、それら免疫担当細胞が産生するTNF-aなどの各種サイトカインの発現状況について、RT-qPCRやウェスタンブロッティング-デンシトメトリー法等により検討を行う。さらに、マダニ唾液分子と宿主免疫細胞との相互関係を明らかとするため、マダニ唾液分子組換え蛋白質を作製し、マウスのマクロファージなど免疫担当細胞に対する直接的あるいは間接的刺激を行い、各種サイトカイン、インテグリンなどの細胞表面接着分子、活性酸素種ROSの発現レベルの変化を検討し、唾液分子の免疫担当細胞に対する分子機能をin vitroにおいても解析する。2)「SAT-RNAi 解析」:一定量の病原体(ランガットウイルスまたは野兎病菌ワクチン株)を顕微注入法により未吸血や飽血マダニへと接種し、病原体感染マダニを準備する。このマダニについて、RNAi処理を行い、特定の唾液遺伝子ノックダウンkdを行う。その後、マウス-マダニ実験系に供し、マウスの血中病原体量について、qPCRやプラックアッセイやコロニー形成法によって検討する。
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