研究課題
放射線により末端にアミノ酸などの生体物質が共有結合した「汚い」末端の単鎖DNA切断が発生する、この損傷は、複製に伴い二重鎖切断を誘発するなど、特に発癌などのリスクの高い損傷として知られている。このような複製に伴う二重鎖切断の防止機構として、複製フォークが巻き戻して複製にともなう二重鎖切断を単鎖DNA切断に戻し、汚い末端を修復することが知られているが、その分子機構は未解明のままである。本研究では汚い末端の単鎖切断部位での複製停止に、ポリメラーゼεの校正エキソヌクレアーゼ活性がどのような分子機構で関わっているのか解明する。ポリメラーゼεの校正エキソヌクレアーゼ活性を欠損した変異細胞(PolEexo-/-)をヒトTK6細胞とニワトリDT40細胞より作製し、この細胞においてカンプトテシンに対して野生型細胞よりも強い感受性が見られることをこれまでに明らかにしている。カンプトテシンは複製中にTop1がDNAの3’末端に結合した「汚い」末端の単鎖DNA切断を発生させ、複製を経て二重鎖切断を形成する。これまでに、PolEexo-/-細胞ではカンプトテシンによって発生する染色体異常が増加することも明らかにしている。2020年度にはこの細胞において、(1)カンプトテシンによる複製停止が不良であること、(2)カンプトテシンによって誘導される二重鎖切断が増加していること、(3)フォーク停止に必須のPARP1と同一経路で機能すること、(4)非複製モードのポリメラーゼεが活性制御に関わるクランプローダーのCtf18と同一経路でカンプトテシン抵抗性に寄与することの、の4点の成果をあげた。これらの事実と2019年までの研究成果を合わせ、複製ポリメラーゼεがフォークを反転させ安全なフォーク停止を誘導する機構モデルを構築している。
2: おおむね順調に進展している
2020年度はイタリアIFOM研究所に出張し、複製フォークの電子顕微鏡解析を実施する予定であったが、コロナウィルス感染症の蔓延による渡航規制のため、国際共同研究は一時的に滞っている。一方、都立大学内でのポリメラーゼε校正エキソヌクレアーゼ活性欠損変異体PolEexo-/-細胞の遺伝学的解析は、順調に進み、この細胞が示すカンプトテシンに対する高感受性の分子機構の理解は以下に示す研究成果によって大幅に進んだ。(1)ポリメラーゼε校正エキソヌクレアーゼ活性は、カンプトテシンによる二重鎖切断損傷の防止に必要である。(2)ポリメラーゼε校正エキソヌクレアーゼ活性は、カンプトテシンによる損傷誘導時に複製フォークが停止する反応に必要である。(3)ポリメラーゼε校正エキソヌクレアーゼ活性は、PARP1やCtf18と同一経路で働き、これら3経路は全て遺伝学的にエピスタティックな関係にある。の3点を2020年度の研究進捗により明らかにした。これらの研究はニワトリDT40細胞を中心に進めたが、ヒトTK6細胞においても特に重要な結果については再現性を確認している。国際共同研究のコロナ禍に伴う遅延と、国内での遺伝学研究の大幅な進展をあわせ、「概ね順調」と評価している。
これまでの研究成果から、以下のようなモデルを現在考えている。複製フォークが断裂した鋳型鎖に遭遇しポリメラーゼεが停止した際に、非複製モードのポリメラーゼεと協調的に寄与するCtf18によりポリメラーゼεは鋳型鎖にPCNAを介して残ることができる(Fujisawa et al 2018 NAR)。ポリメラーゼε校正エキソヌクレアーゼ活性により新生鎖を削り込んで単鎖の鋳型鎖をむき出し、PARP1に依存してフォークを巻き戻した構造体を相同組換えを介して形成し、安全に複製を停止させることで二重鎖の発生を防止する。このモデルの証明のため、以下の2点の実験を2021年度以降に実施する予定である。(1)精製したポリメラーゼεホロ酵素と校正エキソヌクレアーゼ活性を欠損した酵素を用いて、この酵素がミスマッチの対末端を削り込むのか、そしてこの削り込み反応は相同組換え(鎖交換反応)を活性化させるのか、の2点を生化学解析によって調査する。(2)電子顕微鏡を用いた複製フォークの観察によって、巻き戻った複製フォークがPolEexo-/-細胞で形成不良となっているのか検討する。これらのデータから、上記モデルがサポートできれば、複製ポリメラーゼεによる「汚い」DNA損傷での複製停止および二重鎖切断防止機構の全貌が明らかにできる。
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