本年度はこれまでにやり残した研究を遂行した。まず反出生主義の哲学的批判に関しては、すでに刊行していた書籍『What Is Antinatalism? and Other Essays: Philosophy of Life in Contemporary Society』の第2版を刊行して、反出生主義の議論をアップデートし、さらに無痛文明論との内在的関連性を示した。誕生肯定概念の構築については、論文「人生にイエスと言うのは誰なのか?―人生の意味への肯定型アプローチ 」を刊行し、19世紀から20世紀にかけてのヨーロッパ哲学における人生の意味論に、私の誕生肯定の概念を接続する試みを行なった。ベネターの快苦の非対称性の議論に対する批判をおおよそ終えた。ベネターは苦の存在だけで出生の悪を主張するが、ベネターとは別の直観を用いれば快の存在だけで出生の善が帰結するような論理展開も可能となる。これはベネターの議論の一面性を示している。将来的に論文を刊行する。本研究によって、誕生肯定概念は単なる反出生主義への対置概念ではないことが明瞭となった。生まれてくることは普遍的に悪いとするのが反出生主義の基本的発想であるが、しかし実際に生まれてきたあとで反出生主義を提唱するなかでその人生に意味を見出し、誕生を肯定する可能性が開かれているからである。ここに見られるねじれをさらに哲学的に掘り下げることで新たな思索が開けてくる可能性がある。反出生主義の批判的研究を一歩進めることができたと考える。
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