研究課題/領域番号 |
20K00422
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
井出 新 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (30193460)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 英文学 |
研究実績の概要 |
今年度はCovid19流行の影響で、ケンブリッジやノーフォークの古文書における調査を行うことができなかったため、もっぱらロバート・グリーンの改心物語におけるナラティヴの構造を分析することに集中した。 作家としての自己形成とその手法について、『ロバート・グリーンの改心』と『グリーンの三文の知恵』を中心に分析した結果、グリーンの改心物語自体のナラティヴが具体的な人物への言及によって説得力を帯びつつ、それを利用して自分語りのフィクションへと接続していく様子が明らかになってきた。特にノリッジの聖アンドリューズ教会で牧会をしていた聖職者ジョン・モアへの言及、或いはクリストファー・マーロウやジョージ・ピールなどへの言及など、改めて精査すべき対象が浮かび上がってきたと言える。 こうしたフィクションとファクトが混淆したナラティヴをさらに広い視点から捉えるために、上記の二作品だけでなく、さらに『グリーンの幻』(1590)、『グリーンのまだ間に合う』(1590)、そして劇作品『ロンドンとイングランドに掲げる鏡』(1590)を改心ナラティヴとして読み直して本研究を進めた。その結果、『ロンドンとイングランドに掲げる鏡』は、散文作品とはジャンルが違うものの、グリーンが改心ナラティヴを開始した時に制作されたばかりか、当時の反劇場主義運動に対して劇場サイドから反論を試みた劇作品でもあり、グリーンの道徳的(劇)作家としての自己形成を担う重要な作品であることが明らかになってきた。明らかになったことやこれまで収集した画像史料を整理しつつ、それを英語論文としてまとめる作業に着手している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Covid19の流行によって、ケンブリッジやノリッジの古文書における調査が出来なかったため、具体的な史料調査はまったく進まなかった。その点では進捗状況が「遅れている」と判断すべきだが、その一方で、グリーンの作品を精読し、分析することに力を集中することができたため、改心ナラティヴの構造への理解が進んだだけでなく、調査の対象や問題の在処を特定することができた。そういう意味では概ね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては以下の二点である。 (1) Covid19が終息をしてイギリスにおける調査が可能になった後すぐに、古文書館などに埋もれた新しい歴史史料を用いてグリーンとノリッジのピューリタニズムとの関係性を調査する。特にノリッジ・グラマー・スクールの生徒たち数人に奨学金を与えた運営母体である市議会メンバーの人脈を調査し、グリーンがどの程度、市議会のピューリタン議員たちとコンタクトがあったのかを洗い出す。 (2) 引き続き、『ロバート・グリーンの改心』に窺えるノリッジでも有名なピューリタニズムの牙城セント・アンドリューズ教会とその主任牧師へのオマージュ的言及、或いは『グリーン三文の知恵』における劇作家たちへの言及を緻密に分析し、グリーンがローカルな繋がりを改心物語のナラティヴで用いることにより、自らをどのような作家として成型しようとしたのかを、他の改心物語群を参照しながら明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
Covid19によって旅費を使うことが出来なかったため、次年度使用額が生じた。次年度、海外での調査が可能になれば、翌年度分として請求した助成金と合わせて旅費として使用する予定である。
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