2023年度の最終年度は、ベトナム・ハノイ博物館が所蔵する梵鐘の調査を行った。この梵鐘は、出土地の名からタインマイ梵鐘(もしくは漢字表記で青梅社鐘)とよばれ、唐の「貞元十四(798)年三月三十日」に製作されたものである。梵鐘の鐘身には、これを鋳造し奉納した在家の仏教信者が組織する信仰団体である「随喜社」の53人の構成員の姓名と肩書、またその事業に参加した施主243人の姓名・肩書が鋳刻されている。 その肩書には、安南都護府や唐の南方におかれた羈縻州の思陵州などの官職を持つ者が確認でき、唐朝の南方羈縻政策の実態をさぐるための史料といえる。また、唐代の嶺南道に置かれた複数の州県官に、ベトナム北部居住の人(おそらく非漢人)が任用されている事実が明らかになり、この点でも唐朝の羈縻支配を検討する新史料といえる。ただ、この調査は年度末の3月に行ったため、鐘身上の銘の釈文やその内容の研究は、次年度以降の課題として残すこととした。 2023年度の研究成果は、唐の契丹に対する羈縻支配の中から生まれたともいえる耶律阿保機を中軸とした契丹国の歴史を通史的に論じ、『ユーラシア 東西二つの帝国』(アジア人物史第3巻、集英社、2023年8月)と『五代十国 乱世のむこうの「治」』(勉誠社 2023年12月)に分担執筆した。また、唐朝の「羈縻」支配のうちにあった沙陀族の興起と沙陀王朝の建国について、同じく『五代十国 乱世のむこうの「治」』に分担執筆した。
|