研究計画を1年延長し、ケニアでの実地調査を行った。20年来の調査協力者の赴任先の聾学校(メル郡)の聾者のスタッフとその家族に対し、ライフヒストリーや周囲の聴者とのコミュニケーションのありよう、日々の生活についてインタビューを実施した。加えて、同調査協力者も所属するキリスト教教会のうち、都市部にある教会に集う聾者へのインタビューおよび、手話通訳をボランティアで行っている聴者へのインタビューを実施した。これらのインタビューでは、360度撮影可能なカメラを用いることで、インタビューの内容のみならず、その場での人々の身体相互行為のありようについても記録することができた。また、同調査協力者の出身の村(ナンディ郡)に住み込み、人々の日々の生活に垣間見える伝統的な思想とキリスト教的価値観について民族誌的データを収集し、新たな研究テーマへの道筋をつけた。ナンディ郡では、英国植民地支配に対する抵抗運動の英雄とされている人物の博物館にも赴き、その人物の死について人々がどのように理解しているかについてのデータ収集にもつとめた。
本研究課題では、ケニアで複数回の実地調査を行う予定だったが、コロナ禍により上記の1回がいわば「スタート地点」の実地調査となってしまったため、身体相互行為に関する分析と考察は今後本格的に行い、成果物発表につなげる予定である。なお、渡航できなかった、2020年度から2022年度は、Zoom等を用いたオンラインインタビューを実施し、聾/聴者の共生を可能としている社会的背景についての民族誌的データを収集することができた。こうしたデータに基づき、《人の存在のあり方》という根源的な問いを探究することになった論文を2024年2月刊行の論文集に寄稿することができた。
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