研究課題/領域番号 |
20K01386
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
川村 力 北海道大学, 大学院法学研究科, 准教授 (70401015)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ガバナンス / デモクラシー / 歴史学 |
研究実績の概要 |
本年度は、研究計画の初年度にあたることから、貨幣・金融理論史を分析軸として歴史学的作業の中で政治および市民社会全体の位置づけを行うという、本研究の中核となる作業において、その出発点となる古代地中海世界についての、やはり出発点となる枠組みを措定する作業を、主として行った。 そこでは、紀元前6世紀末に貴族制から民主制への転換という形で結実する、同7世紀から6世紀を通じた社会変動について、一方で(a)多層的かつ構造的な把握を行いつつ、他方で(b)それを時間軸を通じた変遷において分析するという、20世紀後半のフランス・イタリアで追及された歴史学の基本枠組みを意識して検討を行った。すなわち、(a)土地と農耕の構造という古代史の基本的な問題設定を基本にしつつ、20世紀後半に進展した海上交易構造の分析を組み合わせて、貴族制をその土地支配と交換支配の構造として捉え直しつつ、非貴族層の海上交易の進展と職工業及び農業の交換との結びつきという要素を加え、またさらにこのことがもたらした(平等や利得主義といった)両義的な思想及び価値面のインパクトを分析要素とし、もって7世紀末ギリシャ諸都市の危機と6世紀を通じた、都市・領域各層の多層的な分析及び経済・思想両面からの、政治制度の転換に至る問題構造の分析を行った。また、(b)7世紀末から6世紀末にかけて、SolonとHerodotosを軸として、それらのテクストの記述スタイルの特徴を生み出す思考の違いを始め、時間軸を通じた分析を(a)に加えた。以上の成果の一部は「デモクラシーとイソノミー」として執筆し次年度中に公表を予定している。 他方で、現代の法人のガバナンスとこれを貫通する諸社会関係層の分析として法人と相続の関係について若干の分析を行い、その成果の一部を次年度中に公表することを予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は①古代史の一大テーマを出発点とし、かつ②その時間軸を現代まで大きく取りつつ、また③現代の先端的関心である貨幣・金融理論の分析を軸とするものであり、いずれも膨大な作業を必要とするものであるところ、その出発点となる古代史の枠組みについて、②③の観点もいれつつさしあたりの像をまとめ公表しうる段階にまでまとめることができた。とりわけ、①の作業には、20世紀半ばに大きく刷新された民主制改革の議論について、フランスさらにはイタリアの研究の、双方を基礎にした上で双方の問題点を踏まえつつ、 20世紀末以降に英仏で進展したSparta研究や、貨幣考古学については英仏語圏でそれぞれに新たに試みられつつある仮説にイタリアの有力な学説からの問題構造把握を対照してその成果を批判的に位置づけることまで、視野に入れることができた。これらで得られた像はあくまで出発点であり、様々な角度から修正を要することが予想されるものの、むしろそういった作業に向けての足がかりの構築に成功したと言いうるためである。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、以上に措定された枠組みに対し、第一により個別の資料を踏まえた精度の高い分析を加えることと、第二に現代の問題分析と以上のギリシャさらにはローマ期を継承する中世以降の問題構造の素描を行うことという、2つの作業を行うことを予定している。 第一については、これまでの全体の問題把握という作業に対して、個別の分析を十分に行うことはできていないため、対象を絞り、さらには断片的なテクストといったこれまでに十分には扱ってこられなかった素材を扱うことで、より精度の高い肉付けを行うと共に、全体の問題把握の視点の批判的再検討を行う。 第二については、一方で、現代の英仏伊独西語圏での議論のキャッチアップ及び日本の事例分析といった作業を継続しつつ、他方で、ローマ期の分析を進めることとしたい。後者においては、philhellenismといったギリシャとの関係を基本として視野に収めつつ、ギリシャから引き続き西洋政治思想に大きな影響を与え続けるGracchi等の土地分配問題、Andreau教授の浩瀚なローマ金融研究を、作業の中心とすることを想定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の研究費には少なくない残額が生じたが、これは新型コロナウイルスの感染拡大に起因するものであり、すなわち、第一に、渡航先が入国制限措置及び入国後の行動制限を行っていたのみならず、調査先の研究機関が長期に亘って閉鎖されたため、文献資料や研究打ち合わせ、シンポジウムへの参加等を見込んでいた海外出張は一切行うことができなかったこと、第二に、国内においても、所属研究機関の方針として出張を見合わせるべきとされた期間が少なからずあったばかりか、出張先として想定していた研究機関も年度を通じて所属者以外の立ち入りを制限していたため、資料収集及び研究打ち合わせや研究会参加はほぼ全面的に不可能であったためである。 次年度においては、以上の事情によりとりわけアクセスに著しい困難を生じた考古学資料を初めとした文献資料について、これらを用いた研究を行える状況になり次第積極的に調査収集し、また研究会や研究打ち合わせも再開でき次第行うことを予定している。
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