研究課題/領域番号 |
20K01698
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
鈴木 智也 関西大学, 経済学部, 教授 (40411285)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 欧州難民危機 / シリア難民 / ドイツ |
研究実績の概要 |
令和5年度は難民の移住国決定要因のうち、受け入れ国による難民政策に着目した。事例としては、2015年8月のドイツによる政策変更を取り上げた。ドイツは他国での難民認定を受けていないシリア難民に対して、EUのダブリン規約(難民が最初に入国したEU加盟国が難民申請の責任を負う)を適用せず、柔軟な受け入れ基準を設けることを宣言した。その後、翌年3月にドイツはその方針を撤回した。この一時的な難民政策の変更は自然実験といえる。今年度は難民政策の変更が難民動態にどの程度の影響を与えるのかを数値化した。 一般的には、政策変更後に難民流入が増えて受け入れ施設が過負荷状態に陥ったことから、政策変更が難民流入の大きな原因であるとされる。しかしながら、2015年は中東や西アジアや北アフリカの国々から難民が欧州全体に押し寄せていた時期である。したがって、仮にドイツの難民政策変更がなかったとしても、多くのシリア難民がドイツに流入していた可能性がある。 令和5年度の研究では「もしドイツが難民政策を変更していなかったら」という反実仮想のシナリオに基づき、シリアからの難民申請者数を推定し、政策変更の影響を数値化した。その際、欧州各国におけるシリアからの難民申請者数を加重平均することで政策変更前のドイツにおける数値を近似するモデルを作った。そのモデルを用いて、政策変更がなかった場合のドイツの政策変更後の時期における数値を推定し、実現値との差を求めた。その結果、2015年と2016年において、難民政策変更はドイツにおけるシリアからの難民申請者数を住民千人あたりで年平均2.88人押し上げたことが判明した。この数値は政策変更前の16年間と比べると286.4%の増加率に相当する。このように、欧州全体への難民流入の影響を除いても、ドイツにおける難民政策緩和の影響は甚大なものだったといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和5年度の研究については、分析は一通り終わってはいるが、まだ論文を英文の査読付きジャーナルに投稿するところまでいっていない。できるだけ早く投稿する予定である。 この遅れの最大の原因は、令和4年度に予定していた論文とスピンオフ的に生じたテーマで新たに始めた論文と合わせて、三本の論文を同時平行して書いていることである。その予定していた分に関しては、先行研究の著者にデータを要求したものの結局無視され続けたので、自分で別の類似データを手で入力しており、進捗が遅くなっている。新たに追加したスピンオフ的なテーマは、高い技能を有する移民を優先的に受け入れるポイント制の移民政策の場合と、技能の有無に関わらずに受け入れる難民枠の拡大の場合とを比べて、異なる社会保障政策のもとで、所得や資産の平等・不平等や平均的な厚生がどのように変わるのかを数値シミュレーションするものである。こちらの論文は、学会報告を終えて、そこで得たコメントをもとにモデルを改良したところである。一回あたりの計算に数時間かかるため、パラメータの調整にもう暫く時間がかかると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度の前半は、今取り組んでいる三本の論文を書き上げて、英文の査読付きジャーナルに投稿することに費やす。最優先は「研究実績の概要」で述べた研究である。スピンオフ的に生じたテーマの論文の優先度はその次である。モデル自体の改良とスクリプトコードは一応完成しているので、難易度の高い箇所は済んでおり、あとは現実のデータと合うようにパラメータの微調整が済んだら、シミュレーションの結果を文章にまとめる作業に移れる。これら二本の論文については、夏季休暇前に投稿できる見込みである。最後に、令和4年度から持ち越している論文については、データの入力に時間が必要なので、細かい空き時間に進めていき、データが揃った時点でまとめて取り組む。 これらの論文を終えた後、最終仕上げとなる論文に取り掛かる。それまでの成果を踏まえて、難民の動態についてプッシュ要因とプル要因について因果関係を整理し、統計的なモデルを欧州の難民データを用いて推定する。この論文については令和6年度の後半に集中的に執筆する予定である。
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