研究実績の概要 |
本研究課題の4年目にあたる令和5年度は,本研究課題立案時の研究計画を変更し,ヤマサ醤油株式会社所蔵ヤマサ文書に依拠した分析を進めた。その理由は,依然としてCOVID-19の影響によって髙梨本家文書を所蔵する上花輪歴史館の調査が実施不能であることによる。令和4年度提出「実施状況報告書」の「8.今後の研究の推進方策」で報告したように,上花輪歴史館の館員は全員が70歳以上と高齢であり,COVID-19の社会に対する影響が低下した現時点においても調査開始の目処は立っていない。そこで,既に調査が再開されたヤマサ文書に着目し,ヤマサ醤油による醤油販売の分析を開始した。 髙梨家は主要販路たる東京市下のみならず茨城県・埼玉県・千葉県など東京府の周辺にも広く販路を有していた。一方で,ヤマサ醤油の販売は髙梨家より東京市に対する依存度が高かった。それゆえ,本研究課題の課題名に掲げた「都市・農村醤油市場」の構造比較には適さない。しかしながら,ヤマサ文書は髙梨本家文書より販売先に関する詳細な情報を把握可能な史料が多数含まれる。ヤマサ文書の『販売店名簿』は東京市下の区・東京府下の町村ごとに販売先と販売量を網羅的に記録している。したがって,同史料の分析によって都市醤油市場の醤油流通・価格形成を詳細に分析できる。当該史料は洋式帳簿15冊として現存し,合計の頁数は約3,000に及ぶ。こうした膨大な史料の撮影とデータ化を本年度は進めた。 最終年度を終えた本研究課題はCOVID-19の影響で計画の修正をたびたび余儀なくされた。しかし,COVID-19以前に撮影済の史料を有効に活用し,農村醤油市場における大規模醤油醸造業者の販売動向を解明することができた。都市向け販売の分析に注力してきた既往の醤油醸造業史研究とは対照的に,農村市場の動向を分析できたことは本研究課題における最大の成果であった。
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