研究課題/領域番号 |
20K06580
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
山口 圭一 大阪大学, 国際医工情報センター, 寄附研究部門助教 (90432187)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | アミロイド線維 / ポリリン酸 / 塩析 / コスモトロープ |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病やパーキンソン病、透析アミロイド病など、現在30種類以上のアミロイド病が知られている。一方、液-液相分離を介した膜の無い細胞内小器官が近年注目されているが、アミロイド形成との関連について詳細は不明である。本研究では、多数のリン酸基からなるポリリン酸、そして、核酸やATPなどの多価の電荷をもつ生体高分子に注目して、アミロイド線維と液-液相分離との関連、生理的役割について調べることを目的とする。 本年度はパーキンソン病の原因蛋白質であるαシヌクレイン(αSyn)を用いて、そのアミロイド形成におけるポリリン酸の促進機構について解析した。様々な鎖長のポリリン酸存在下、超音波を周期的に照射して、アミロイド線維形成を行った。その結果、ポリリン酸の鎖長が長くなるほど、アミロイド線維形成が促進された。さらに、ポリリン酸は2つの濃度領域でアミロイド形成を促進しており、高濃度ではホフマイスター系列における塩析作用により、低濃度ではポリリン酸の負電荷とαSynの正電荷間の電荷相互作用により促進すると考えられる。また、低濃度領域では、生体内のポリリン酸濃度に匹敵するサブμMでアミロイド形成を促進した。次に、核磁気共鳴を用いて、ポリリン酸とαSynの相互作用部位を調べた。低濃度ではαSynのN末領域にある7回繰り返し配列KTKEGVの正電荷をもつKTKと相互作用しており、一方、高濃度中ではホフマイスターの塩基作用により、特に親水的なアミノ酸残基と相互作用することが明らかになった。 リン酸は中性の緩衝液としてしばしば使用されるが塩析作用が強い。ポリリン酸では塩析作用がさらに強くなる。また、ポリリン酸は負電荷密度の高い生体高分子の一つであり、生体内においてアミロイド線維形成に関与している可能性がある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ポリリン酸によるアミロイド線維形成の促進機構に関しては2020年度に論文発表した。 一方、アデノシン三リン酸(ATP)はもっとも重要な生体分子の一つであり、エネルギー通貨としての役割があるが、リン酸基を3つ持っており、ポリリン酸類縁体であると考えられる。そこで、超音波照射下において、αSynのアミロイド線維形成におけるATPの作用機構について調べた。その結果、アミロイド線維形成の促進効果は、ATP>ADP>AMPの順に強く、特にATPは細胞内のATP濃度に匹敵する数mMでアミロイド形成を促進した。また、pH依存性について調べると、中性ではATPの電荷相互作用によってアミロイド形成を促進した。一方、αSynの等電点付近では、等電点沈殿によりアミロイド線維が形成された。酸性溶液では、アミロイド線維ではなくアモルファス凝集体が主に形成された。酸性溶液ではαSynとポリリン酸間の強い電荷相互作用により、アモルファス凝集体が形成されたと考えられる。 また、これまで蛋白質の凝集実験は様々な塩を用いられてきた。一方、強酸は、蛋白質の変性やアミロイド線維の不活化にしばしば用いられてきたが、強酸にもコスモトロピックなアニオンが含まれる。つまり、HClとH2SO4にはCl-とSO42-がそれぞれ含まれている。そこで、本研究ではアニオンに注目してアミロイド線維形成における塩と強酸の効果について調べた。その結果、塩だけでなく強酸もアニオン濃度に依存して、アミロイド形成を促進した。さらに高濃度ではアモルファス凝集体形成を促進した。また、蛋白質の沈殿法としてしばしば用いられてきたトリクロロ酢酸も低濃度領域でアミロイド形成を促進した。強酸を用いると溶液のpHが下がるが、同時にアニオン濃度も増加することで、塩と同様の機構により凝集体形成が促進されると考えられる。
|
今後の研究の推進方策 |
ATP存在下におけるαSynのアミロイド線維形成とアミロイド線維形成における塩と強酸の効果については、論文発表に向けて準備する。一方、ATPに関しては、“ハイドロトロープ”として、疎水性分子を溶かし込む役割が注目を集めている(Patel, A.et al. Science 2017)。このように蛋白質凝集におけるATPの役割については、生命活動に必須な分子であるにも関わらず、凝集体形成を促進または抑制する相反する性質がある。ATPのこの二面的性質について理解する。 現在、アルツハイマー病の原因蛋白質であるタウ蛋白質のアミロイド線維形成について調べている。昇温実験により、チオフラビンT蛍光値の上昇が観察された。タウのアミロイド線維は、毛羽のような形態をしていることが報告されている。今後、電子顕微鏡を用いて、アミロイド線維の形態について詳細な解析を行う。 また、室温付近ではタウ蛋白質の液-液相分離が観察されており、昇温実験等により、液-液相分離とアミロイド線維形成の関連についても調べる予定である。高温にすると分子間の疎水的相互作用が高くなることで、液滴は溶けてアミロイドが形成される可能性がある。タウのアミロイド線維と液-液相分離の生理的役割についても解析する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は新型コロナウイルスの影響により、研究室の滞在時間がやや減り実験がやや遅れたため。また、学会がオンラインになり旅費が不必要になった。オープンアクセスの論文掲載費用に関して、大学からの援助があったため。 2021年度もコロナの影響がまだあり、学会がオンラインになり旅費が不必要になることが想定される場合は計画的に使用する。
|