上皮細胞がその特性を失って間葉系細胞の形質を獲得する上皮間葉転換(EMT)とその逆反応であるMETは癌悪性化の様々なステップで重要である。EMTは癌細胞の細胞死抵抗性や運動性を亢進させるて治療後の再発や転移の初期段階である血管への移行を促進する。一方、遠隔臓器へ移動した癌細胞はMETによって上皮様形質を再獲得し活発に増殖して転移巣を形成する。現在までにEMT/METの可塑性を制御する詳細な分子機構は未解明でありこの機構を標的とした治療法は存在しない。我々は以前に、分子標的治療法が存在しないTriple-negative乳癌(TNBC)において一部の細胞株で上皮様と間葉様の細胞が互いに変換しながら一定比率を維持していることを見出し、腫瘍内におけるEMT/METの可塑性を解析可能なモデル細胞として提唱した。 本研究ではこの可塑性を制御する遺伝子探索を目的としてCRISPR/Cas9とプール型gRNAによる網羅的な遺伝子スクリーニングを行った。乳癌細胞株HCC38細胞で上皮様および間葉様細胞を分取するためにE-cadherinとVimentinプロモーターを用いた蛍光レポーター細胞を作成した。この細胞に対して2万遺伝子に対するgRNAを導入し、上皮画分および間葉画分に濃縮される遺伝子を同定した。各画分におけるgRNAの存在比を指標として遺伝子を絞り込み、その後、実際に単一のgRNAによるノックアウトを行ってEMT/METへの影響を検証した結果、HCC38細胞では約40遺伝子がEMTを促進、約20遺伝子がMETを促進していた。この中にはこれまでEMT/METへの関与が知られていない遺伝子が数多く含まれていた。さらにこれらの遺伝子のパスウェイ解析によって協調してEMT/MET可塑性を制御する複数の遺伝子群を見出した。現在この遺伝子群について詳細な機能の解明を進めている。
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