前年で行なったヴァールとレヴィナスの哲学における多元性をめぐる思想の比較作業を補完すべく、当年度は、ヴァール哲学における多元性概念の位置付けをさらに明確化するため、『英国と米国の多元主義哲学』(1920)から晩年の著作に至るヴァールの著作の精読を行なった。そこから、ヴァールの哲学は、多元性を実在とみなす形而上学的多元論であるというよりは、実在において多元性と一元性が一致することを主張する形而上学であることが明らかになった。また8月には、前年度に引き続いてIMECに滞在し、ヴァール文庫に収蔵されている資料のうち、ベルクソンに関する講義や書簡について調査を行なった。収集した資料をもとにヴァールの既刊著作を精読することにより、ヴァールの哲学が、ベルクソンの連続性の哲学と、フレデリック・ローをはじめとする19世紀フランスの非連続性の哲学とを等しく源泉としていることが明らかになった。多元性と一元性をめぐるヴァールの思索もまた、これら二つの潮流の交点において展開されている。 四年間の研究を通じて研究代表者は、「超越」、「瞬間」、「多元性」の三概念に注目しつつ、ヴァールの思想を明らかにした上で、それをレヴィナスの思想と比較するという作業を進めた。この作業で第一に明らかになったのは、ヴァールの哲学が、連続性の形而上学と非連続性の形而上学とのひとつの弁証法によって性格づけられるということである。ヴァールは「超越」、「瞬間」、「多元性」といった概念を用いつつ、実在を非連続的なものの統一体ならざる全体とみなすと同時に、同じ実在に、「内在」、「持続」、「一元性」といった語で語られるべき連続的一体性を想定してもいる。対してレヴィナスの哲学は、端的に言えば、ヴァールの哲学がもつ二重性のうち、非連続性の可能性を掘り下げたものとして読むことができる。
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