本年度は、歌劇場からミュージックホールやヴァラエティまで広範な場で展開されたバレエ作品の具体的な流動実態について調査研究を行った。数年ぶりに海外出張が実現し、ニューヨーク公立図書館や英国ロイヤルオペラハウス、ブリストル大学劇場コレクションなどで、充実した史料収集と現地研究者との意見交換を行うことができた。具体的には、昨年度までに引き続き、世紀末以降に世界各地でアダプトされ、大歌劇場と大衆的劇場の相互連関をさらに進める契機になったと思われる《エクセルシオール》と、今年度は《人形の精》にも着目し、両作品の各種劇場におけるアダプト上演の実態と製作の背景、観客の受容状況を調査した。また、同2作品には博覧会、百貨店、宣伝広告といった同時代の風潮を反映したスペクタクル要素が通底している点にも注目し、上演される劇場の種別あるいは国や地域の違いなどによる翻案や受容のありようについて比較分析を進めた。また、同2作品とは反対に、ミュージックホールなど大衆的な劇場で製作され歌劇場へもちこまれた、いわば逆輸入の事例にも注目し、イタリア出身振付家の仕事を中心に資料調査を行った。これらの成果の一部はオペラ/音楽劇関係の国際会議ならびに研究会で発表した。 また、ロシア芸術文化を専門とする平野恵美子氏との共同研究として、英国ヴィクトリア&アルバート博物館ダンス・キュレーターで世界的に著名な舞踊史研究家であるJane Pritchard氏を招き、「19-20世紀転換期のバレエと美術・ファッション」と題した講演会を名古屋、東京、京都の3都市で開催した。本研究課題が着眼する世紀転換期のバレエをテーマとした講演会からは非常に多くの示唆を得ることができた。すべて異なるテーマで実施された3度の講演会には、対面とオンラインあわせて研究者、一般問わず相当数の参加者があり、活発な議論が行われる貴重な研究交流の機会となった。
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