当初、本研究の課題は、犯罪関与者にかかる日本の実務的運用の限界を問題視し、組織犯罪の黒幕を「組織的権力機構を利用した間接正犯」と捉えるドイツ・国際刑事裁判所の議論を参照し、日本の正犯・共犯論のガラパゴス化を防ぎ、著作権・特許権侵害に係る国際紛争においても劣位とならない理論構築への一歩を目指そうとするものであった。ただ、研究代表者において立命館大学専門研究員の任期満了に伴い、研究を続行できなくなったことから、課題の遂行は途中で終わらざるを得なかった。 しかし、それでも本研究のキー概念となっている間接正犯概念に関する研究実績を単著において公表することができた点は大きい。すなわち、間接正犯という概念の淵源にかかる理論史を紐解き、20世紀初頭の2つの正犯概念の対立に関する本来的意義を明らかにした。そして、各則構成要件の多様性を前提に、正犯基準である形式的客観説を正犯基準の出発点として捉え直したうえで、背後者を(間接)正犯たらしめる根拠づけを巡る従前の議論を批判的に検討し、客観的帰属をベースにした間接正犯論の意義を示した。 このような研究成果を踏まえるならば、歴史的淵源からして「組織的権力機構を利用した間接正犯」を間接正犯と認めてよいのか疑問となるだけでなく、現代的な視点からしても、問題となる社会的文脈において直接行為者が当該犯罪に対して管轄を持たないことが間接正犯成立の必要条件と考えらえるため、同様の疑問が生じる。 もっとも、「組織的権力機構を利用した間接正犯」も著作権・特許権侵害の事例で登場する「間接正犯」も、直接行為者と背後者との権力・権限関係(管轄分配の程度)、背後者の社会的地位などを考慮し、どちらかと言えば背後者に(正犯としての)一次的な責任を負わすべきとする理論であろうが、それはもはや間接正犯というよりも、背後者を正犯とするための新たな理論として位置づけるべきであろう。
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