本研究の目的は,繰り返される災害や戦争(以下厄災)との向き合い方,対応に関わり,状況に応じた価値判断,社会への提案を可能にする中学校歴史授業の内容及び方法原理を明らかすることである。厄災に関連し,先人の教訓・知恵を取り上げて教材化・授業化することの重要性は言を俟たない。しかし次の点で課題を抱える。第一は,子どもたちが抱える葛藤や合理的でない言動は棄却され,正しい知識や技能,態度を身につけることにより,未来を予測し,制御することができるという近代合理主義的な知識や判断のみが学習される傾向にある点である。第二は価値判断,意思決定の内容が社会のあるべき姿への同調,同質であることを強いる点である。結果,理想・理念が先行した価値判断,解決策のみが扱われ,子どもたちが自力で考えた解は等閑視される。 こうした課題を解決する学習として,①現代社会において個人,社会に潜む常識をあえて過去にあてはめ,立ち現れたバイアスを見抜き,理想・理念が先行しがちな規範を問い直す資質・能力を育成する学習,②発災と被災の過程において直面,遭遇し得る様々な困難や課題自体,つまりバイアスや葛藤,合理的でない言動など厄災発生時に陥りやすい事が起きることを前提としてそれと向き合う学習,③厄災の記憶のされ方・語られ方の異同や特質を分析,考察し,語りの変遷を把握する能力,語りの変遷をふまえ自らが語りを形成する能力を育成する学習の開発と授業の方向性を示した。 一般にレジリエンスは「ハード面の強靱化,リスク対応や意思決定,行動化にかかわる的確な判断能力の育成」を目指すのが穏当であろう。それに対して本研究では,よいとされる認識や判断を問い直し,自らが災害や戦争などの厄災を語り直すという行為を通して,自己や社会がどうあるべきか,どう行動するべきかを問い直すことで,レジリエンスで高次な社会への参画が期待できる。
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