研究課題/領域番号 |
20K20678
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
栗原 隆 新潟大学, 人文社会科学系, フェロー (30170088)
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研究分担者 |
古田 徹也 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (00710394)
白井 述 立教大学, 現代心理学部, 教授 (50554367)
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研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2024-03-31
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キーワード | 正義 / 善 / 慈善 / 不完全義務 / 解釈 / 嘘 / 虚構 |
研究実績の概要 |
栗原隆は、論文「〈正しいこと〉は〈善いこと〉か?――『正義は行われよ、世界が滅ぶとも』をめぐって」(新潟大学大学院現代社会文化研究科『比較宗教思想研究』2023年、1~13頁)において、どんな場合でも嘘をつくことは許されないとしたカントの虚言論を取り上げ、その形式主義的な義務論にあっては、法的な責任と倫理的な責任との乖離が生じかねないことから、双務的な完全義務の限界を剔抉、不完全義務とされた片務的な責任が、とりわけ医療現場や、将来的な展望や人間関係の持続を願って「善かれ」とする判断においては、倫理として有効であることを明らかにした。他に、学会発表「ヘーゲル『精神哲学』の豊かさとハイデルベルク」(日本ヘーゲル学会第33回大会、2022年6月12日)で、ハイデルベルクでの人的交流がヘーゲル哲学を進捗させたことを明らかにした。 古田徹也は、著書『このゲームにはゴールがない : ひとの心の哲学』(単著、筑摩書房、2022年)において、〈嘘をつく〉ことや〈振りをする〉という実践の可能性が、人間が行う言語的コミュニケーションの阻害要因にしばしばなるという以前に、そもそもの構成条件となる機序を明らかにした。また『英米哲学の挑戦 : 文学と懐疑』(共著、放送大学教育振興会、2023年)では、嘘や振りの可能性も含めた懐疑という契機が、道徳や人生の意味といった倫理的主題において不可欠の役割を果たすことを示した。 白井は、空中像技術と従来型の物理ディスプレイ(タブレット端末の画面)による映像提示が子どもの行動にどのように影響するかを、「日本心理学会」第86回大会にて発表した。空中像とタブレットで同じ映像コンテンツを参加児に提示し、コンテンツへの選好を評価したところ、空中像に対する選好が有意に大きかった。これにより、虚構の視覚像が、子どもの関心をより惹きつける可能性が明らかにされた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「『嘘』の実験心理学的分析を援用して倫理原則を『正義』から『善』へと組み替える試み」の研究課題名の通り、実験心理学での「「罪のない嘘(White Lie)」の分析をもって、カントの虚言論を読み解くことに基づいて、不完全義務とされてきた片務的な責任を、倫理判断の中に位置づけることが出来たことは、大いなる成果だと信じる。 また、〈嘘をつく〉ことや〈振りをする〉という実践の可能性が、人間が行う言語的コミュニケーションを成り立たせていることを確認できたことも大きな成果だと評価した。 さらに、言わば虚構像である空中像技術(空中に浮かびあがる映像を裸眼提示可能な技術)と従来型の物理ディスプレイ(タブレット端末の画面)を比較した実験心理学による研究で、虚構像の有効性が確認できたことは、新たな研究の可能性をも示唆する成果であった。
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今後の研究の推進方策 |
片務的な不完全義務の有効性と拘束性を確認できたことにより、環境倫理の中軸となるであろう「世代間倫理」の基礎付けの方途を得ることが出来た。これにより本来の課題は概ね果たすことが出来たと思われる 今後は、「善い嘘(White Lie)」だけでなく、「虚構」や「作りごと」が、「事実」より説得力があったり、あるいはリアルであったりすることの機序の解明に向かいたい。そのためには、解釈学の存立機制を詳らかにする必要があるとともに、解釈の機序を解明することにより、本来の課題も、より一層深められるものと見込まれる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、三人の研究成果を冊子体にまとめて印刷・公表する予定であったが、三人ともそれぞれの媒体に、発表することになったため、本課題での研究成果を、改めて冊子体にまとめる必要がなくなり、その結果、計上していた印刷・製本費に余剰が生じた。今後はあらためて、解釈の存立機序、すなわち、著者よりもよく知る解釈の働き、全体と部分との間の解釈学的循環、すなわち解釈における先行判断と具体的な判断との解釈学的循環、さらには、虚構と事実の検証におけるテクストの「目的」を予め洞察しておく必要性などの解明にあたるべく、研究をさらに進展させる所存である。
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