被子植物の精細胞は花粉管と呼ばれる細い管状構造の内部を通り、胚珠の中にある卵細胞まで届けられることで受精を行う。花粉管伸長の間、精細胞は2つ1組 が内部形質膜とよばれる栄養細胞の単膜花粉管栄養核とつながった雄性生殖単位として共に行動する。本研究計画のこれまでの解析で、カルシウム欠乏条件で放出された精細胞が内部形質膜の安定化を示すことや、逆にカルシウム添加条件が内部形質膜崩壊を誘導することが示されてきた。ここから、胚珠内に精細胞が放出された瞬間に発生するカルシウム濃度の一過的上昇(カルシウムスパイク)によって内部形質膜が崩壊し、精細胞膜を露出させることで素早く重複受精が起こる仕組みが明らかになってきた。令和5年度ではシロイヌナズナの変異体解析によって、新たに卵細胞から分泌されるシグナルペプチドが内部形質膜崩壊を誘導する可能性が示された。この結果より、シロイヌナズナの内部形質膜崩壊は、精細胞の放出とともに発生するカルシウムスパイクと卵細胞分泌ペプチドのシグナルの相互作用にという、時空間的に厳密に制御された仕組みを用いていることが示唆された。また、青色光の照射による花粉管破裂の誘導という、放出直後の精細胞動態を観察するための技術基盤の構築において本研究が一部の貢献を行なった。これらの成果は今まで見過ごされてきた被子植物の精細胞の活性化という現象を再定義し、今後の重複受精の分子機構の解析に役立つことが期待される。
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