研究概要 |
この研究の背景および得られた結果は以下の通り。株価収益率の時系列データは記憶をもたない,すなわち,その自己相関関数がすべてのラグについて0に近い値であることが古典的に知られており,効率的市場仮説を支える実証結果のひとつとなっている。近年,イギリスおよびフランスの金融市場における高頻度データの分析によって,取引符号(連続オークション型市場において,買い注文による取引にはプラスの符号,売り注文による取引にはマイナスの符号を与える)の時系列データは長期記憶を持つことが報告された。我々は日本の株式市場の高頻度データの分析を行い,海外市場と同様に取引符号が長期記憶を持つことを確かめた。取引符号が長期記憶をもつ理由として,機関投資家などが取引コストを抑制するために大口の注文を小口に分けて発注する投資行動の存在が指摘されている。我々は潜在的な注文を分割して発注する個々の投資家の行動が取引符号の長期記憶を引き起こす理論モデルを構築した。 我々のモデルでは,潜在的な注文の個数は時間とともにランダムに変化し,ひとつの潜在的な注文から分割発注された2つの小口の注文の時間がそれぞれu_1とu_2である確率は|u_2-u_1|^{\alpha}に比例することを仮定した。ただし,0<\alpha<1である。時刻0から時刻面までの取引符号の和を確率過程W_mで表し,この確率過程を時間方向にn倍,空間方向にn^{\lapha/2}倍にスケール変換した確率過程X_t^{(n)}=W_{[nt]}/n^{\alpha/2}(0=<t=<1)のnを無限大に近づけたときの極限を考える。統計力学のクラスター展開の手法を用いることで,その極限の確率過程が1次元標準ブラウン運動と非整数ブラウン運動の線形結合(混合非整数ブラウン運動)であることを示した。なお,混合非整数ブラウン運動の増分は長期記憶性をもつ。以上の結果は,学術論文として発表された。
|