2004年にイギリスとフランスの株式市場における高頻度データの解析を行った別々の研究グループが,取引符号の時系列データは長期記憶を持つことを相次いで発見した。また,我々は日本の株式市場においても取引符号が長期記憶を持つことを確認した。ここで時系列データが長期記憶を持つとは,そのデータが強い自己相関を持つことである。本研究の目的は市場参加者の投資行動が取引符号の長期記憶の発生に及ぼす影響を確率モデルを用いて調べることである。具体的には,1.市場参加者の投資行動を統計力学のポリマーを用いて記述して離散時間の確率過程を構成する。2.クラスター展開の方法を用いて,離散時間の確率過程のスケール極限として連続時間の確率過程を導出する。3.スケール極限の確率過程が各国の株式市場で観測されている現象を再現していることを確認する。以上の3ステップで研究を行っている。1のステップでは,市場参加者が注文を分割発注する投資行動に着目し,一連の分割発注をひとつのポリマーとして表現した。2のステップでは,スケール極限の確率過程は,異なるハースト指数を持つ非整数ブラウン運動と標準ブラウン運動の重ね合わせであることを示した。非整数ブラウン運動は長期記憶を持つ典型的な連続型確率過程であり,ハースト指数はその長期記憶の強さを表す。3のステップでは,分割された注文の発注時間の間隔の分布からハースト指数が定まることを明らかにした。本年度は,発注時間の間隔の上限に関するパラメータγと2のステップにおける時間スケールに関するパラメータδを考え,スケール極限の確率過程は,2つのパラメータγとδが一致するとき非整数ブラウン運動を含むが,一致しないときは含まないというある種の相転移現象がおこる事を示した論文をJournal of Statistical Physics誌に発表した。
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