本年度は、まず交付申請書に記載した課題(1)イタリア諸都市におけるゲットーの成立と展開に関して、ゲットー成立とその後の時期にヴェネツィアの支配層内で行われた、ユダヤ人に関する「議論」の内容と性格についてまとめ、口頭発表したのち、論文として刊行した。またヴェネツィアのほか、モデナ、パルマ、マントヴァといった、近世においてユダヤ人の活動が活発にみられたポー川流域の諸都市の旧ゲットー地区を訪れ、現地調査や資料収集を行った。 次に、課題(2)キリスト教徒とユダヤ人の関係性については、17世紀初頭にヴェネツィアのゲットーで活躍したユダヤ知識人レオン・モデナの『自伝』を史料として、そこに現れてくるユダヤ人の人間関係、とりわけキリスト教徒との関係について検討した。その結果、土着のアシュケナジムと新参のセファルディムという異なる系統のユダヤ人を、狭い空間のなかで共存させたヴェネツィアのゲットーでは、日常生活においては狭義の共同体の人間関係が基盤となる一方、異なる系統にも人的な結びつきが拡大する契機が生まれていたこと、またキリスト教の聖職者や外国人旅行者などとの宗教的、文化的な交流が活発に見られ、ヴェネツィア貴族との間では恩顧や保護を期待するパトロネイジ関係が成立していたこと、しかしながらそうした関係は、都市民の反ユダヤ感情の高まりなどによって、無力化や破綻の危険性をはらむ不安定なものであったことなどが明らかとなった。その成果は2回にわたる口頭発表によって公表した。
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