犯罪の組織性・密行性等に伴い、犯罪類型によっては、従来より検挙か困難な事態が散見される。加えて、薬物事犯や銃器事犯はボーダレスな犯罪類型であることから、捜査機関はその摘発に試行錯誤しているのが実情である。こうした事態に適切に対処する1つの方法として、身分秘匿捜査がある。当該手法自体、わが国では一般化しているものではないが、犯罪状況がわが国に比して深刻な事態となっているイギリス・アメリカ・ドイツなどの諸外国では、身分秘匿捜査が実施され、ドイツでは立法化が図られるなど議論も活発に行われている。こうした捜査手法は確かに一定の効果が期待できそうであるが、他方で、捜査機関が身分を秘して対象者に接触し、場合によっては犯罪を働き掛ける対応(おとり捜査)のものであることから、一般にダーティーなイメージがあるばかりか、対象者の権利侵害の有無など、現行刑事法の中で検討しておくべき課題は少なくない。わが国でも広義の身分秘匿捜査の一類型として位置づけられるおとり捜査の議論は古くて新しいものであり、平成16年決定を経て、議論が活発化している。わが国の今後の犯罪傾向を想像することは容易ではないが、諸外国の動向からは、予断を許さない状況にあることは否定できず、わが国でも、当該捜査手法について議論を整理しておく必要性がある。平成21年度は、研究過程にあった米国のおとり捜査の研究を中心に、当初の予定通り、身分秘匿捜査プロパーの翻訳を進めて準備を行った。前者については、定期的に研究会で報告を行い、諸先輩方から有益な示唆をいただき、その後の調査に反映させている。平成21年度に公表した論文はすべて米国のおとり捜査に関するものであったが、平成22年度は、来国のおとり捜査については、目処がつきつつあるので、わが国のおとり捜査論議をまとめつつ、併行して広く身分秘匿捜査についても議論の整理・検討に努めたい。
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