研究課題/領域番号 |
21H04804
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
畠山 昌則 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 教授 (40189551)
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研究期間 (年度) |
2021-04-05 – 2024-03-31
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キーワード | 胃がん / ピロリ菌 CagA / BRCAness / ゲノム変異シグネチャー |
研究実績の概要 |
胃上皮細胞内へのピロリ菌CagAがんタンパク質の一過性侵入の繰り返しに伴う核内BRCA1の低下は、DNA複製フォークの不安定化ならびにその後のフォーク崩壊に伴うDNA二本鎖切断 (DSB)を引き起こす。このDSBは error-proneな非相同組換機構により修復されるため、ゲノム内には異常な変異蓄積が誘導される。この状態はBRCAnessと呼ばれ、ゲノム全般に渡って誘導される変異は、1)全ての単塩基変異パターンが総じて増大するSBS3と呼ばれる単塩基変異シグネチャー3(SBS3)、ならびに2)5塩基前後の短い塩基配列の挿入・欠失変異で特徴付けられる変異パターンである Indel-6 (ID6)の出現で特徴付けられる。そこで、申請者が開発したCagAの人為的 off-off発現が可能な胃上皮細胞を用い、約80日間にわたるCagA暴露を施した後、得られた胃上皮細胞(ならびにCagA非暴露コントロール細胞)集団を再クローン化し、各クローン毎にゲノムに蓄積する変異シグネチャーを高深度シーケンスにより同定した。その結果、CagAの長期暴露を受けた細胞特異的にBRCAness特異的なゲノム変異シグネチャーであるSBS3ならびにID6が誘導されることを明らかにした。これは BRCA関連遺伝子変異を持たない細胞において、BRCAシグネチャーを人為的に誘導誘導することに成功した初の例と考える。さらに、CagA暴露細胞由来クローンの全てに共通した遺伝子変異が同定され、ピロリ菌感染に伴う胃がん発症における宿主細胞プログレッサー遺伝子変異の候補が見出された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの研究成果を通して、初の細菌由来がんタンパク質であるピロリ菌CagAがBRCA経路の機能を繰り返し障害することによりSBS3ならびにID6により特徴的付けられるBRCAness特異的ゲノム変異シグネチャーを誘導することを明らかにした。この成果は、胃発がんの初期過程においてきわめて重要な役割をになうCagAの役割の一つがゲノム不安定性の誘導であり、その結果として胃がん発症の後期過程を担うCagA非依存的胃がん(前駆)細胞集団の出現が促されることを強く示唆する。この CagA非依存的胃がん(前駆)細胞の拡大にはp53の不活化とともに、CagAに代わって細胞のがん化を促進するプログレッサー遺伝子変異(第2ドライバー変異)の獲得が重要なステップとなることも明らかとなった。本成果は、申請者が提唱しているcagA陽性ピロリ菌による「Hot-and-Run」型の胃がん発症機構を担う分子機構を明らかにしたものと評価でき、本研究は順調に進んでいると考える。
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今後の研究の推進方策 |
胃がんは組織学的に腸型「intestinal type」ならびにびまん型「diffuse type」に大別されるが、いずれの型もその発症にcagA陽性ピロリ菌の胃粘膜持続感染が深く関与する(遺伝子性の家族性胃がんを除く)。この事実は、全く異なる組織型を示す2種類の胃がんの発症に、CagAが保有する直接的な発がん促進活性 (RAS-ERKシグナルの活性化、細胞極性の破壊、細胞浸潤能の増強 など)に加えて、今回申請者が新たに見出したBRCA1不活化を介するゲノム不安定性を基盤とする変異蓄積が、共通して関与する可能性を示唆している。びまん型胃がんは腸型胃がんに比べてより若年に発症し予後も不良である。とりわけ、スキルス胃がんに代表されるびまん性胃がんのピークが若年女性に特徴的に存在する点は重大な問題である。そこで、同じピロリ菌感染が「腸型胃がん」あるいは「びまん性胃がん」という異なる組織型の胃がんを引き起こす分子機構を明らかにする。とりわけ、びまん性胃がんの発症には E-cadherinの機能不全あるいはEMTの誘導が重要な働きを担っており、この細胞機能不全と共役して「びまん型胃がん」の発がんプロセスを促進する BRCAness依存的な遺伝子変異(あるいは機能以上)を明らかにする。とりわけ、本性発症における性ホルモンの役割に焦点を当て研究を進める。本研究を通して、共通した発がん要因(ピロリ菌感染)を背景とするにもかかわらず、臨床的・病理的に大きく異なる胃がんが生成されている分子機構を明らかにする。
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