近世の天文暦学者の研究課程について2023年度は、①18世紀中ごろに中国から輸入された天文書『西洋暦経』の国内での伝播について、②天文観測機器における西洋天文学の影響について、の2点を中心に調査を行った。 ①では、島根大学附属図書館所蔵『崇禎暦書』、天理大学附属天理図書館所蔵『崇禎暦書』が『西洋暦経』と同じ構成・内容を持つことを見出し、同書の写本であると確認した。特に後者は、天文方山路家から仙台藩の戸板保佑へ伝えられたものであり、紅葉山文庫本の知識が天文方の外へ伝播した実態が窺える。一方で、幕府書物方の史料からは、天文方が『西洋暦経』をよく利用しているのは18世紀末までであったことが確認できた。 ②については、『宝暦暦法新書』、大阪歴史博物館所蔵『測量御器之図』を調査し、京都の土御門泰邦が宝暦の改暦時に制作した天文観測機器「演周げつ」、「象応格」の角度目盛は、西洋度(周天360度)を用いている記述を見出した。従来、これらは中国度を用いるという西村遠里の記述が知られていたから、異説となる。今回の調査では、どちらが正しいか見極められなかったが、もし西洋度が採用されていれば、宝暦改暦と西洋天文学の関係を再検討する必要があろう。 2023年度を含めた3年間の本研究から、18世紀の幕府天文方たちが研究を進める際、紅葉山文庫の蔵書を頻繁に利用することができる環境があったことを明らかにすることができた。さらに、書物を用いて知識と情報を取り入れることを出発点にし、観測機器を作り、暦法作りに役立て、また、製作した観測機器を使ってデータを得る、という「モノ作り」と「モノ使い」のサイクルも見えた。その他、18世紀中頃における西洋天文学の知識の導入は、観測機器分野で先行していた様子も窺うことができた。これらの成果により、近世暦学者の研究実態を見る視点が豊かになることが期待される。
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