本研究課題は,朝鮮語をモデルとして,どのような言語表現が人を不快にさせるのかを明らかにすることを目的としている。研究初年度にあたる2021年度は,朝鮮語の命令形に着目して考察を行った。一般的に,相手に行動を要求する際には,直接的な命令を避けて,婉曲的な表現を使用した方がコミュニケーション上の摩擦を回避できると考えられる。一方で,明示的な命令形式の使用が相手に不快感を与えるかどうか,また,どの程度の不快感を与えるかは言語ごとに異なる可能性がある。朝鮮語の明示的な命令形式は待遇法上,6等級に分類されるが,そのうち最も待遇度の低い下称命令形(-la)を中心として,(i)日本語の「しろ」との違い,(ii)下称命令形と半言命令形(半言:非丁寧体に属する待遇法の等級のひとつ)を混用する間柄における下称命令形の使用の特徴を明らかにした。考察結果は以下のとおりである。
(i) 日本語の「しろ」はその形式を使用すること自体,強制力の強さを表すが,朝鮮語の下称命令形は話し手と聞き手の関係や状況によって強制力の有無が表れる点で違いが見られる。また,「しろ」は口調のきつさや荒っぽさが表れるため,女性の使用が敬遠されるという指摘があるが,下称命令形にはそのような制約が見られない。さらに,日本語では不可能とされる依頼表現と命令形の共起が朝鮮語では可能であることを指摘し,その理由について示した。 (ii) 同一の話し手が同一の聞き手に対して,下称命令形と半言命令形を混用する間柄における下称命令形の使用は,上下関係では話し手が上位者であることを明示化するために使用され,同等の関係では突き放しや心的距離の近さが表現されることを指摘した。
上記の他,中・上級の朝鮮語運用能力を有する日本語母語話者を対象として,下称命令形を使用した例文を日本語でどのように訳すかを調査するアンケートを実施した。
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