研究課題
私たちはこれまで、通常の大腸腺癌ではDUSP4の発現が表層で亢進し、浸潤部では低下することを見出し、DUSP4が癌細胞の増殖・浸潤に関わるがん抑制遺伝子であると報告した。一方、多くの粘液癌症例では、表層から浸潤部に至るまでDUSP4の発現亢進が観察され通常の大腸腺癌における機能とは異なることが示唆された。本研究では、大腸粘液癌の組織培養系を確立することにより、粘液癌で高発現しているDUSP4の機能的意義を明らかにする。さらに、粘液癌で活性化しているシグナルパスウェイを同定して、治療標的としての可能性を検証する。今年度は5例の大腸粘液癌切除症例について組織培養系の樹立を試みた。癌部および非癌部から3-5 mm大の検体を採取し、それぞれ細切・酵素処理にて上皮細胞を分散させ、立体培養(オルガノイド)と平面培養(細胞株)を開始した。平面培養による細胞株の樹立には全例で失敗し、細胞株の樹立が困難であることを再認識した。同時に、既存の細胞株が生体内の癌細胞と乖離したものであり、癌のモデルとして用いることの限界について確認できた。一方、オルガノイドについては通常の大腸腺癌の培養条件に準拠して5例中4例樹立できた(1例は痔瘻部から採取した検体であったため細菌の混在により失敗)。現在、樹立できた4例についてDUSP4 mRNAおよびDUSP4タンパクの発現レベルの解析や、各種の機能解析、免疫不全マウスへの移植を施行して、患者由来粘液癌オルガノイドの特性を調べているところである。
2: おおむね順調に進展している
本研究の期間内に、15例前後の粘液癌オルガノイドおよび細胞株の樹立を目指す。今年度は5例の大腸粘液癌切除症例から4例の樹立成功にとどまったが、DUSP4 mRNAおよびDUSP4タンパクの発現レベルの解析や、機能解析等は順調に実施された。免疫不全マウスへの生着能も行っており、当初の計画通りに進められている。来年度以降は症例数の増加によるオルガノイド樹立の改善にも着手している。
まず15例前後の粘液癌オルガノイドの樹立を達成する。数がそろったところで以下の実験を施行する。[ DUSP4の機能解析 ] siRNAを用いたノックダウン法でDUSP4発現を抑制して、増殖能(MTS法)や浸潤能(Boyden chamber法)、生存能(アポトーシス解析)、細胞周期(FACS解析)への影響を調べる。[ 重要なシグナルパスウェイの同定と治療応用 ] 粘液癌および正常上皮由来のオルガノイドからRNAを抽出して、網羅的発現解析を行う。粘液癌で発現変動する遺伝子群を抽出し、それらをパスウェイ解析データベース(Ingenuity Pathway Analysis, Ingenuity Systems)に連携して、粘液癌特異的に活性化しているシグナルパスウェイの概要を得る。さらに、オルガノイドのタンパク液を抽出して、リン酸化タンパクアレイを用いて活性化シグナルパスウェイを確認する。活性化シグナルパスウェイを構成する分子の中から、特異的阻害剤が存在し標的分子となりうる分子を選択する。免疫不全マウス移植モデルを作成して、移植したオルガノイドが生着後、阻害剤を投与(経口、腹腔)して、腫瘤の縮小効果や遠隔臓器(肝、肺、脳など)への転移抑制効果、生存期間の延長効果などを調べる。
解析対象となる粘液癌症例が当初の予定よりも少なかったため、培養関連器具および試薬等の購入費が少額になった。また、当大学の動物実験施設で年度中に改修工事があり、その間使用できなかったことから、マウスの購入費や飼育費、解析試薬等の購入を次年度以降に見送った。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件) 学会発表 (9件)
Annals of Gastroenterological Surgery
巻: 5 ページ: 823~831
10.1002/ags3.12484
巻: 5 ページ: 804~812
10.1002/ags3.12475
Annals of Surgical Oncology
巻: 28 ページ: 6179~6188
10.1245/s10434-021-10312-7
Laboratory Investigation
巻: 101 ページ: 1036~1047
10.1038/s41374-021-00590-w