研究課題/領域番号 |
21K08380
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
日だい 智明 日本大学, 医学部, 教授 (70228732)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 炎症 / 虚血 / 凝固因子 / STAT3 / interleukin 6 |
研究実績の概要 |
血液凝固第九因子(FIX)は流血中を循環しているタンパクで、創傷が生じるとactivation peptide(F9-AP)が切断されて活性化し、血液を凝固させる。我々は、F9-APが血管内皮の透過性を抑制し、敗血症モデルでの肺水腫や脳外傷モデルでの脳浮腫が改善することを示した。本研究では、in vitro、in vivoの虚血モデルや炎症モデルを使用し、F9-APがinflammaraftの形成を阻害し、同時に複数のシグナル伝達を抑制することを示す。また、F9-APの投与が、脳虚血モデルにおいて治療的に有効であるか検討する。昨年度までに、培養ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を用いた実験により、F9-APが重傷COVID19感染症などで致死的な呼吸障害の原因と考えられるinterleukin6(IL6)刺激の細胞内情報伝達系で主要な働きをしているSTAT3の機能を抑制することを示した。また、IL6と共に炎症反応の悪化原因になっているトロンビンが、内皮細胞の細胞骨格に及ぼす効果を抑制することを発見した。 当該年度では、これらのメカニズムをさらに詳細に検討した。これまで報告されてきたIL6の血管内皮細胞内情報伝達系では、IL6が細胞膜のgp130と血清中の可溶性IL6受容体と結合することにより、STAT3がリン酸化され、リン酸化されたSTAT3は核内に移行して、その標的遺伝子の転写を活性化する。我々は、F9-APがSTAT3の核移行を抑制することを発見したが、それは可溶性IL6受容体非依存性であり、STAT3のリン酸化とは無関係であることを解明した。また、in vivoにおけるF9-AP投与時の遺伝子発現を解析すると、IL6、L11、LIFなどの急性炎症に関連した遺伝子が増加していながら、CD8などの炎症性細胞のマーカーは減少していた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
重症炎症では強い組織破壊が起こり、多数の分子が関与した複雑な反応が起こる。それらの反応はネットワーク化し、一分子の機能を阻害してもリークが生じるために十分な効果を得ることが難しい。また、一度反応が広がると、原因が除去されても反応は自動的に増悪することも多い。重症のcovid-19、敗血症、播種性血管内凝固症候群などの炎症性の病態が未だに治療抵抗性であるのはこのためと推察される。F9-APはそうした複雑な反応を同時に抑制することが期待され、本研究を通じて、in vitroの系では、互いに独立した情報伝達系を持つIL6と血液凝固第二因子の情報伝達系をF9-APが同時に抑制することを発見した。 当該年度においては、IL6の情報伝達を制御する系として、これまで報告されていた可溶性IL6受容体を介するSTAT3のリン酸化とは異なる系が関係していることが明らかになったことからおおむね順調に進展している。STAT3は、炎症だけでなく、悪性腫瘍でも重要な働きをする転写因子であり、新たな制御系が見つかったことは、炎症や腫瘍に関連して多岐にわたる成果と考えられる。また、in vivoの実験系で、さまざまなサイトカインの増加にもかかわらず炎症細胞の浸潤が抑制されているのが推察されることから、F9-APの強力な抗炎症作用が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
コロナ禍とそれにつづくウクライナ戦争に関連した物流の問題により、脳梗塞モデル作成のための機器が納品されなかったが、作年度の終盤にはようやく納品されて、in vivoの実験を開始することができた。令和5年度は脳虚血モデルを用いて、F9-APの治療効果について検討する。脳梗塞は、脳血管の閉塞によって脳組織が壊死に陥る疾患である。早期の血行再建により予後が改善するが、現実には十分早期に血流再建療法を受けられる患者は、全患者の5%以下である。地方では、専門病院までの距離が長いため、これ以上の改善は難しい。そのため、開始が遅れても、神経学的機能の改善を得られる治療法が望まれる。F9-APは、複雑な炎症反応により二次的な組織破壊が生じる脳挫傷の治療に高い効果をしめした。脳梗塞後の組織でも二次的な組織破壊は生じており、その抑制が有効な治療に結びつくと期待される。今後は、脳梗塞の動物モデルを利用して、F9-APの治療効果を検討する。さらに、in vitroの実験も進めて、F9-APがSTAT3の細胞内情報伝達系に及ぼす影響について、詳細に検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、ラットの脳梗塞モデルを用いた in vivoの実験と、ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞を用いたin vitroの実験を、並行して進める計画であった。しかし、コロナ禍とそれにつづくウクライナの戦争に関連した物流の障害により、in vivoのモデル作成で主要な役割を果たす光源装置が納品されたのは、予定されていた令和3年度ではなく、令和4年度の終盤となった。そのため、in vivoの実験のための予算の執行に遅れが生じた。装置は既に納品されているため、今後は順調に進むと考えられる。令和4年度未使用分は、主にin vivoの実験に用いる備品、試薬、動物の購入に充てる予定である。
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