研究代表者らは、凝固因子としては非活性型の血液凝固第IX因子(F9)が、血管内皮細胞の伸展を誘導し、血管透過性を抑制することを発見した。この活性は、F9のactivation peptideに局在しており、同部を化学的に合成したペプチド(F9-AP)にも活性があった。F9-APの静脈内投与は、敗血症モデルの肺や、脳挫傷モデルでも血管透過性を抑制した。特に脳挫傷モデルでは、脳挫傷後の血管透過性を低下させて脳浮腫を軽減し、二次的な炎症を抑制し、残存脳神経機能の著しい改善をもたらした。 引き続いて本研究では、脳挫傷モデルの遺伝子発現解析を通して、F9-APが脳にどのような反応を起こしているのかを解析した。また、培養血管内皮細胞を用いた実験により、F9-APが内皮細胞に引き起こす反応を観察し、in vivoで治療効果をもたらす機序について検討した。さらに、脳挫傷と同様に脳に慢性的な炎症をもたらす病態である脳梗塞モデルを用いて、F9-APが脳梗塞に対しても治療効果を持つかどうかを検証した。 当初、F9-APは血管透過性を抑制して抗炎症作用を果たすと仮説を立てたが、脳挫傷モデルでは、逆にc-fosやVEGFなどの急性反応物質や炎症のマーカー遺伝子が増加しており、単純な炎症抑制とは考えられなかった。一方、培養血管内皮細胞を用いた実験では、F9-APはIL-6刺激によるSTAT3の核内移行を抑制した。この反応は、IL-6受容体の有無やSTAT3のリン酸化とは独立した反応であり、IL-6受容体を介さないシグナル伝達と考えられた。機序として、脂質ラフトの抑制が推察された。また、脳梗塞モデルでは、F9-APによる梗塞巣の縮小が観察された。これらの結果から、F9-APはこれまでのシグナル伝達と異なる経路によりSTAT3の機能を調整し、脳の様々な疾患の予後改善に寄与する可能性が示唆された。
|