研究課題/領域番号 |
21K13927
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
杉下 宗太郎 京都大学, 基礎物理学研究所, 助教 (10784217)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 漸近対称性 / 量子電磁気学 / AdS/CFT対応 / 量子重力 / 量子もつれ |
研究実績の概要 |
今年度は主に以下の研究に取り組んだ。 [量子電磁気学の赤外問題と漸近対称性の関係]: 前年度に引き続き、QEDの赤外問題と漸近対称性の関係を研究した。本研究の結果、Fock状態を用いた通常の散乱行列の計算で赤外発散が現れるのは漸近対称性の超選択則から自然な帰結であることがわかった。また赤外発散の現れないようなドレス状態に関する一般的な条件を導出することに成功したが、それも漸近対称性の超選択則と整合するものであることがわかり、この条件は古典電磁気学におけるメモリー効果に相当するものであることがわかった。さらに終状態のソフト光子を足し上げた有効振幅におけるドレス状態の役割および条件を明らかにした。 [AdS/CFT対応における部分領域双対性の不成立]: AdS/CFT対応の研究において、部分領域双対性とよばえるCFTの部分系と重力理論の部分系の間の対応が成り立つという予想があるが、本研究では、それが成り立たないということを、重力系の演算子のCFTにおける構成を具体的に解析することにより示した。本研究の結果は、AdS/CFT対応において部分領域に関連する様々な予想の前提が不正確であることを示すものであり、これまでの様々な研究の見直しを迫るものである。 [標的空間の量子もつれ]: 前年度に引き続き、標的空間の量子もつれの研究を行った。前年度は簡単な行列模型における標的空間の量子もつれを純粋状態の場合に解析したが、今年度は有限温度の混合状態を解析し、その標的空間のある種の量子もつれエントロピーに関する一般公式を導出した。また、その公式を用いて、エントロピーの数値計算を行い、その振る舞いに関する考察を行った。
また上記以外に共形場理論におけるKdV保存電荷の準古典極限における一般公式に関する研究も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
[量子電磁気学の赤外問題と漸近対称性の関係]: 量子電磁気学における赤外領域の構造に関して、漸近対称性の観点から明快な理解が得られ、少なくとも主要な赤外発散の有無に関しては漸近対称性の超選択則からすべて理解できることがわかった。この超選択則による理解は重力理論やほかのゲージ理論にも共通であると予想され、重力理論や場の量子論の深い理解につながるものであると思われる。 [AdS/CFT対応における部分領域双対性の不成立]: AdS/CFT対応における部分領域双対性の不成立はこれまでの様々な研究の見直しを迫るものであり、AdS/CFT対応および量子重力のさらなる理解や発展が見込まれる。
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今後の研究の推進方策 |
量子電磁気学の赤外問題と漸近対称性の関係]: 量子電磁気学における主要な赤外発散を回避するドレス状態に関する条件は得られたが、その散乱行列の有限形がどういうものであるかは具体的に計算を行う必要があり、単純な例でその解析を行う。また本研究の結果から、主要なソフト定理はドレス状態の場合と通常のFock状態のもので異なるものとなることがわかったが、平坦時空のホログラフィーとして提唱されているcelestial holographyでは、準主要なソフト定理が重要な役割を果たしている。そこでドレス状態に対して準主要なソフト定理が変更を受けるかを調べ、そのcelestial holographyに対する示唆を考察したい。漸近対称性の超選択則は、漸近対称性のある種の自発的破れによるものであるということがわかったが、通常の場の量子論における自発的対称性の破れにも似たような構造があり、自発的対称性の破れと散乱行列の関係をより一般的に理解することも試みたい。
[AdS/CFT対応におけるバルクの構成]: 本研究で示されたAdS/CFT対応における部分領域双対性の不成立は、AdS/CFT対応および量子重力におけるブラックホール地平面の取り扱いの微妙さと関係している。今年度の研究での具体的解析は量子重力理論におけるブラックホールの地平面の正しい取り扱い法に関する示唆を与えるものであり、この観点からAdS/CFT対応の解析を引き続き行うことを予定している。
[標的空間の量子もつれ]: 標的空間の量子もつれは有限粒子数の量子力学系に相当するような単純な模型に関して解析がなされただけであり、ホログラフィーの観点から興味のあるようなより複雑な行列模型に関しては、その定義すらよくわかっていないのが現状であり、さらなる理論的考察を行っていく必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
異動等のため時間がなく、予定していたほど出張できなかったため、今年度は旅費をあまり使用できなかった。次年度の物品費および旅費として使用する。
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