海洋生物の多様性ホットスポットである日本沿岸域を主たるフィールドとし、海産巻貝、および巻貝と相互作用を持つ生物をモデル系として、集団の分化・種多様化における分散の効果に関する研究を実施した。潮間帯の最普通種の一群であるイシダタミ属巻貝を対象とした成果として、世界自然遺産である小笠原諸島において初めて海産生物の遺伝的構造化プロセスを解明した。すなわち高解像度の集団ゲノミクス解析の結果、小笠原諸島固有のイシダタミ属巻貝には北部・南部の集団間に遺伝的な分化が生じており、これには約2万年前の最終氷期最盛期後の海面上昇が要因となったことが示唆された。加えて、現代の集団の結合性は、南北から中心の父島へ向かう海流分散と、父島に豊富な本種の生息適地によって制御されていることが明らかとなった。加えてバテイラ属巻貝を対象とした研究を実施した。同一海域に生息し、生息地選好性が対照的な姉妹種の2種を対象として、遺伝的変異の空間分布パターンと生態的要因の関連性を検討した。遺伝的多様性・集団分化のレベルを比較した結果、遺伝的多様性は外洋性種が高い一方で、集団間の分化レベルは内湾性種が高いことが明らかとなり、遺伝的構造はそれぞれの生息地利用という生態的要因から影響を受けることが示唆された。本属巻貝については化石および貝塚遺骸標本に基づく形態の時空間的な変遷史をまとめている。さらに貝類と藻類の体表共生系を対象とした研究を実施した。ベトナム北部において、カンギクの殻上にカイゴロモが付着していることを発見した。さらに本カイゴロモが琉球列島産のカンギク殻上に生息するカイゴロモではなく、本州産のスガイ殻上を利用するカイゴロモに近縁であることが明らかとなった。本成果はカイゴロモの分布に関する知見を大幅に更新するだけでなく、共生生物の分散・拡大のプロセスにおいて宿主シフトが重要であることを示唆する。
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