研究課題
近年、変形性膝関節症の治療に脂肪組織の破砕物や培養脂肪由来幹細胞が用いられている。本申請の目的は、変形性膝関節症(OA)治療のために、吸引された自家脂肪組織をLipogems と呼ばれる脂肪組織破砕キットにより処理して関節腔内に導入し、その治療機序を明らかにすることである。研究代表者の所属するチームは我が国で初めてOA患者にLipogemsを用いた脂肪組織の投与に関する安全性試験を2020年度に終了しており安全性や有効性を確認した。一方、海外でも良好な治療成績が多数報告され、作用機序についてもサイトカインやエキソソームによる抗炎症作用が報告されてきた。しかし、脂肪由来幹細胞が分泌する低分子代謝化合物群のメタボローム解析はほとんど報告がない。そこで、患者に投与されたLipogems処理脂肪組織の残余検体を活用して、破砕された脂肪組織から分泌される低分子化合物の網羅的解析を実施することを目指した。モデル実験として分離に成功した脂肪由来幹細胞の培養上清を用いたメタボローム解析を実施し、高い濃度で分泌されている多数のメタボライトの同定に成功した。
2: おおむね順調に進展している
研究計画調書に記載された実験計画を実施し、実験系の整備を行ってきた。Lipogemsにより得られた脂肪組織のマイクロフラグメントから培養条件下で増殖する幹細胞についてFACS解析を実施したところ、表面抗原マーカーがCD13、29、44、73、90、105陽性でCD56陰性であった。さらに得られた幹細胞を分化培地中で培養することにより脂肪、軟骨、骨芽細胞への分化誘導について成功した。以上よりLipogemsにより破砕された脂肪由来の幹細胞の性格づけに成功し、共著者として2報の英語論文を発表してきた。一方で、培養液中のマイクロフラグメントからは多数のタンパク質成分が遊離することも電気泳動後のタンパク質染色にて確認したが、これらの可溶性因子が部分的あるいは幹細胞と相乗的に治療効果を発揮している可能性も否定できない。既報では、一般的な手法で培養された脂肪由来幹細胞からは免疫抑制性サイトカイン類が分泌されているとの報告もあり、これらについてもLipogemsで破砕された脂肪組織由来幹細胞から分泌されることを明らかにした。一方で、採取された脂肪由来幹細胞の培養上清のキャピラリー電気泳動と飛行時間型質量分析装置(TOFMS)の組み合わせで解析した結果から多数の因子が同定され、これらが治療後早期にしばしば観察される痛みの軽減に寄与している可能性が考えられているため、より詳細な検討を進めていく予定である。
培養上清の解析結果について成果をあげてきたことから、今後はLipogemsにより破砕された投与用のマイクロフラグメントから分泌される各種因子について解析を進めていく予定である。破砕脂肪組織を培養液に浸してインキュベートすると、多様な因子が分泌されてくることが判明しているために、化合物とタンパク質、脂質、エキソソームなどの雑多な夾雑物の作用を見ることになる。メタボライトは低分子化合物であるため、他の生体成分と比較して変成作用や熱処理に耐性を持つことが期待される。このため、上清を加熱とフェノール処理によりタンパク質成分とエキソソームを変性させて除去したメタボライト分画のみをヒト単球由来細胞の培養液に添加し、その細胞のトランスウエルでの遊走能、トランスクリプトーム解析をDNAマイクロアレイで実施する。これにより、Lipogemsにより破砕された脂肪組織から分泌されるメタボライトの作用を明らかにする。また、候補分子の中で免疫抑制効果を持つと期待される分子について化学合成品を購入して混合添加し、抑制効果を上記と同様に解析する。さらにOAの発症マウスモデルにメタボライトの投与実験を行うことで、歩行解析の動画解析、関節の石灰化と軟骨分解マーカーへの効果を解析する。これにより、メタボライトの治療効果を個体レベルで実証するとともに、炎症抑制サイトカイン投与との相乗効果、ADSC投与による治療効果の増強を検証する予定である。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Cells
巻: 11(3) ページ: 337
10.3390/cells11030337